ただいま移動中で~すo(^-^)o
えっと…
ごめんなさい…(x_x;)
いっぱい生意気なこと書いてしまったので
またメッセージを頂きました。。
本物のお寺さんが
読んでいて下さったなんて…
読んで下さった
ご住職さま、法務員さま
本当に申し訳ありません(:_;)
お寺さんではなく
記事を読んで下さっていた方にも
誤解があってはいけないので
書かせて頂きます。
まず、わたしは禅宗のお寺の娘ではありません。
浄土真宗という宗派です。
浄土真宗は、座禅をくんだり
あらゆる「修行」とうものがありません。
「そのままでいい」というのが
教義の根本にあります。
僧侶でも
髪を伸ばしている方がいらっしゃいますが
「そのままでいい」という根本的な考えから
剃髪せず、修行などで悟りを得るなどといったことを
一切しない宗派です。
僧侶であっても
髪の毛を伸ばしたり
ヒゲを生やしている人や
茶髪っぽい人もいます。(茶髪はどうかとも思いますが…)
だからわたしなんかでも
僧籍(僧侶の資格)を
修得できたのだと思います。
ただ、僧籍は修得しましたが
僧侶の道は歩めませんでした。
わたしにも夢があり
それを叶えたかったからです。
と、それは対外的な理由なのですが
大きな理由は
お寺で育ったため「いじめ」を受けたことが
そもそものきっかけだと思います。
小学生のころ
お寺の娘ということで
様々なことを言われてきました。
「人の不幸で飯を食ってる」とか
「税金払ってないだろ」とか
「坊主丸儲け」とか
みんな子供でしたから
情け容赦ない言葉を散々とぶつけられ、
仲間はずれにされたり
学校に行くと
靴箱にゴミが散乱していたり
昼休みが終わると
机がなくなっていたり
まぁ…ありとあらゆることを
やってくれました。
一番辛かったのは
上級生に禅宗のお寺の息子さんがいたのですが
「お前のうちは修行もしない怠け者坊主だ」
というようなことを言われたときでした。
他の言葉は
どんなに言われても
耐えることができました。
だって、お寺で育っていない人には
お寺の内情は分からないですから。。
だから「坊主丸儲け」とか
「税金払ってない」とか
そういう言葉が生まれるのだと思います。
お寺も「宗教法人の課税」はなくても
一般の家庭と同じように
所得税もあり、市民税だって払っている。
サラリーをもらって生活しているんです!!
あ…話がそれました(;^_^A
育った環境が違う子には
何を言われても仕方がないと思っていました。
でも宗派は違っても
同じお寺で育った子に「怠け者坊主だ」
と、言われることは
本当に辛くて悔しくて…
それを言われたのが、4年生のときでした。
そんなことを言われてることは
親たちには黙っていました。
父親は様々なところに
講演や布教に出かけ
母親は父の代わりに
葬儀や法事を勤め
両親ともに
いつも忙しそうにしていたので
黙っていました。
でも「修行もしない怠け者坊主」と言われた時
耐えられなくなりました。
わたしは長女だったこともあり
とても厳しく育てられたと思います。
朝4時に起き、本道の掃除をして
朝のお参り、お参りが終わったら
一時間、仏教の本を読む。
学校が終わって帰ると
またお参りをして
最低3時間の仏教学の勉強。
そういう生活を
4歳か5歳くらいから強いられていました。
最初は漫画などで書かれている
仏教の本だったのですが
小学校に上がるころには
漢文を使われた本や
まったく意味の分からない本も
たくさん読まされました。
でも、「修行」というのはありません。
ただ、本を読み、説法を聴き
写経をしてみたり…と、
厳しい修行などしたことありません。
でも、その言葉を言われ
どうしても我慢ができず
わたしは父親に「厳しい修行って何?」
と、聞きました。
父はしばらく考えて
「断食かな」と言いました。
わたしは「厳しい修行」というものを
自分でやってみようと思ったんです。
それから自分なりに色々調べ
どのような「修行」があるのか調べていきました。
「一番辛そうな修行をしなければ…」
というような思いに駆られ
探しました。
そのときに本で見たのが
「不断念仏と断食」というものでした。
「不断念仏」とは念仏を唱え続ける
修行のひとつです。
たくさんの修行があるのですが
小学生のわたしが
身近で出来ることは
多くはありませんでした。
だから「不断念仏と断食」くらいしか
思い浮かびませんでした。
「とにかく過酷に…」
ということを考えていたので
「断食」は食事だけではなく
水も飲まない方法を選びました。
「不断念仏」は時間を区切り
2時間なら2時間、その時間内だけ念仏を
唱え続けるというものなのですが
「過酷を極めなきゃ」というような思いでいたので
24時間、念仏を唱え続けるという選択をしました。
「断食」と「不眠不休で念仏」
死んじゃうかな…と、
小さいながらに思った記憶があります。
その二つをやることに決め
春休みかGWだったと思いますが
両親に嘘をつき
実家のお寺ではなく
近くに「空き家」があることを知っていたので
そこに修行ツアーに出かけることになりました。
修行に入る前に、たくさん水を飲み
のどを潤してから修行に入りました。
一日目、半日くらい経ったとき
のどが枯れてきました。
ちょうど丸一日くらい経ったころ
なぜか目がさえて来ました。
二日目の半日を過ぎたころ、
目がだんだん開かなくなっていきました。
お腹も空いて、声がかすれ、いがいがしていました。
三日目、目はまったく開かなくなってしまいました。
意識もあるような、、ないような…
口はとっくに渇ききり、念仏は声になっていなかったと思います。
くちをパクパクさせているだけのような
感覚だったのかな。。。
その後の記憶はありません。
気が付いたら病院でした。
「助かった…」というような気持ちになったことは
今でもはっきり覚えています。
当然、父親には激怒されました。
母親は泣いていました。
そのときの記憶はそのくらいです。
その修業体験をしてから
わたしは今までより真剣に
仏教の勉強をするようにもなりました。
浄土真宗の教えではなく
禅宗、日蓮宗、密教、チベット仏教、など
浄土真宗以外の仏教の本をさまざま読み漁りました。
もちろん意味も分からないものが
大半でしたが…
でも、意味が分からないなりに
なんとなく「こういうものなのかな?」
という感覚が芽生え始めました。
ちょっと長くなってしまったので
また続きを書きますf^_^;
では後ほど…