愛と疑 | チャイロの赤裸々日記

チャイロの赤裸々日記

プライベートの日記です(・∀・)

時には真面目に

時には面白おかしく

チャイロのすべてを書いていきます。

夫婦生活をしている方にとって



恋人とお付き合いしている方にとって






きっと



一度は『別れたい』と思ったことはあるでしょう。









前記事にも書きましたが









『あんなに好きだったのに

何でこんな人になってしまったのだろう』





と思ったりします。





そして『別れて自由になりたい』と思います。





では自由とはなんでしょう?





よく勘違いをして



自由=自分らしく生きる



と思っておられる方がいます





『自分らしい』とは


どういうことでしょう?






誰からも束縛されず


思い通りに生きることでしょうか?






こんな言葉があります




『自障(じしょう)は愛にしくなし


自蔽(じへい)は疑にしくなし』





自障とは


『自分らしい生き方』をしたいと言いながら


自分自身の手で妨げてしまうこと





自蔽とは


『自分らしさ』を求めていながら



『これは本来の自分ではない』


と自分をその手で


覆い隠すことをいいます






私たちは


心の根底では


誰も怨みたくない


仲良くしたいのです






恋人や夫婦にしても



はじめから怒りを覚えているわけではありません。






別れたいと思っていたわけではありません






『愛していたはず』


なのです





しかし



相手があなたを


裏切ったり


愛してくれなくなると


それは疑いに変わります






愛と疑いは



いつでも背中合わせなのですね






愛していると言っておきながら



自分の方を向いてくれなかった時



相手は裏切り者へと変わり



さらに不信感を抱いて



疑いに変わる







そして疑いが晴れると



『やっぱりこの人を愛している』



相手に


『私のことを愛している?』



と確認し


安心するのです






これらを考えると



『愛』に



永遠とか絶対はない



と考えられます






しかし結婚式の時には


『永遠の愛』



を誓い




恋人には『ずっと愛しているよ』



と誓います







寂しいことですが



私たちに



『永遠』や『絶対』



というのはないのです







私たちの呼んでいる



『愛』とは



執着にすぎないのかもしれません





相手に愛を押し付けているだけかもしれません






自分らしく生きるとは



愛の押しつけという



囚われから解放されることかもしれません






囚われから解放されるとは


枠から出るということです





枠とは



私たちが持っている



『常識』です










『夫はこうあるべきだ』





『妻はこうあるべきだ』





『男は強くなくてはいけない』





『女はいつも優しくいなければならない』






色々ありますね





これは全て



『型』にはめて見ているにすぎません






確かに今は





『男や女の常識』などを



定義した本や雑誌が出ています





それに周りの幸せそうな人を見ると





『あの人のようになりたい』


と思うのです






しかし私は『あの人』にはなれません





1人1人違うのです





その『人との違い』を知ることからです






人との違いを知らなければ



『自分らしく生きる』ことは出来ません





全て自分の



『囚われ』の中で



生きてしまってる



方が非常に多いのです










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