義姉は帰る時に《置き土産》を二つ《棄て台詞》を一つ吐いて行った。
まず《棄て台詞》から記しておこう。
以前、義姉の持っている遺言に従って遺産分けすると決めたことを一方的に撤回し、
相続人である4人姉兄弟で再度《遺産分割協議》なるものを開くと宣告した。
そして主人も渋々参加することを了承したのだが、
義姉の棄て台詞というのが………
「あのね、それとね、母の日記を読んでいてね、、
まっ、個人情報だから他の人に見せることは出来ないんだけどね、、
まっ、それで、他にもいろいろと言いたいこともありますから」と
言い棄てて帰って行ったものだ。
主人「……………」
やはり義姉はおかしい。
同じ子どもの立場でありながら、母親の日記を長女の自分は読む資格があるが、
次男である主人には個人情報だから見せられないと言う。
それでいて、自分だけ日記を読んだ上で主人に言いたいことがあると言う。
この矛盾に全然気づいていないところが義姉の厄介なところだ。
女性同志ということで日記を読んだ上、男である弟達には見せられというのならば、
それは日記の内容は死ぬまで自分の胸におさめておくべきだろう。
自分にとって都合のよいことだけ取り上げて、また主人を貶めたいのか?
と、思われても仕方のない遣り方だ。
日記に何か引っ掛かることがあったのならば、主人にも同じように日記を読む機会を与え、
同じ立場に立って問題提起するべきだろう。
私達夫婦は義母から、長男である義兄がマンションを買う時にお金を無心されたとか、
義兄の長男が借金をした時に肩代わりさせられたとか、いろいろ聞かされている。
そのどれだったか忘れたが、義姉から「助けてあげなさい」と言われたと義母は言っていた。
そのようなことを義姉は一切口にせず、
ひたすら「立派な長男夫婦とダメな次男夫婦」の情報だけを出そうとする。
なので日記も、自分と長男に都合の悪いところは見せたくないのだなと、
自分に都合のよい場所だけを取り上げて主人を貶める手段にするのだなと、
容易に推察できる。
遣り方が平等でないことを正当化しようとするから「個人情報」などという言葉が出てくる。
それ故、
この実母の「個人情報」は、娘の自分以外の人には
たとえ実の弟たちにさえ母親の名誉の為に見せられない、
一切を自分の胸におさめる、という覚悟などさらさらないのだ。
「個人情報」という言葉は、正当化の手段に使ったに過ぎない。
主人はこの棄て台詞を聞き、義姉が店を辞してから冷静に考えをまとめ、
一旦は参加するとした《遺産分割協議》なるものに、絶対に行かないと決めた。
義姉に都合のよい日記の一部分だけを取り上げて、また自分を追い詰める話し合いなど、
主人でなくとも行かないだろう。