ナンバー③まできてしまったが、要約すると、
遺産相続が揉めて拗れ、義姉と主人が手紙やメールでのやり取りをしていた頃、
義姉の長男であり主人の甥っ子であるA君が、
自分の母親である義姉と叔父である主人が仲良くしてくれたら嬉しい……と、
直接主人に伝えに来てくれた。
そのA君の申し出に対する主人の答えは「NO!」であり、
その理由は①②の記事に書いた。
主人の答えが「NO!」であるのは、私も致し方ないと思ったが、
その気持ちとは別に、
いい歳をした義兄も義弟も義姉夫も誰一人として直接主人に逢いに来て、
主人と義姉の間を修復しようと一肌脱ぐ人はいなかったのに、
そこをA君は来てくれたということが有り難く、
せっかくのA君の申し出に応えられなかったことは心から申し訳なく思った。
この時から、私達と義親族との関係が改善することはなく、
絶縁することとなり、
私の中にはA君に申し訳なかったという気持ちが残っていた。
そして絶縁後も主人は車のことではA君と連絡を取り合っていたが、
私はゆっくり話す機会もなかった。
しかし昨年、A君がわが家に車を引き取りに来ることがあり、
道端での5分くらいの会話であったが、
私は「あの時ありがとう。気持ちに応えられなくてごめんね」
というような感じで謝ることが出来た。
私は「ずっと気になっていたから」と伝えたと思うが、
確かに絶縁から数年経っており、
《今更》なので、A君も主人もキョトンと驚いていたと思う。
揉め事の渦中にあった時には、主人はピリピリとしている部分があったし、
私がA君に謝ることが、主人の意に添うのかどうか自信もなかったが、
もうこの時点では、難なく自分の気持ちを伝えることが出来た。
主人は「なんで今頃……?」みたいな事を言っていたが、
私を止めることも、もちろん責めることもなく、最後まで言わせてくれた。
そしてA君の答えが以外だった。
「そんなん気にしてないよ、ところでその後そのままなん?」と。
「自分も実家と全く連絡取り合ってないから……」と言うので少々驚いた。
以前A君から、何となくA君と義姉(実の親子)の関係が円満でないことは
ちらっとは聞いていた。
しかし、全く連絡取り合っていないとは少々驚いた。
一つ思い出したが、A君が義姉を嘲笑していたことがある。
それは、義姉の長女の結婚相手のエピソードで、
結果的には義姉の長女夫妻は離婚してしまったのだが、
その結婚相手は確かに酷い人で、義姉の長女は可愛そうだった。
その辺りの経緯も過去の記事には詳しく書いたと思うので省くが、
当初、義姉はその酷い結婚相手を大層気に入っていた。
学歴、勤務先などが特にお気に入りだったのかと思うが、
義姉は彼のことをA君に話す時に「貴方と違って素晴らしい人だわ」と、
言ったそうだ。
それが結果は、酷い人(義姉が言うには《不能者》でDV夫だそう)で
離婚することになったのだ。
義姉が「貴方と違って素晴らしい人」と言った結婚相手との結末を
A君は嘲笑したのだ。
その長女カップルが婚約中に、A君夫妻と
4人で食事に行ったらしいのだが、
その時に、A君夫婦共に「こいつはアカンな」と思ったと言っていた。
私の主人も、お正月の集まりで始めて渦中の人に逢った時、
私と二人になってから「けったいな奴やわ、気持ち悪い」と言っていた。
普通に回りが見えていれば《違和感》のある人だったのだ。
義姉という人は《世間から見た素晴らしい自分》に固執していたから、
《世間から見たらどんな人か》の基準で人を判断するのだろう。
そんな人の《人を見る目》なんてこんなものだ。
A君はそれをさも可笑しそうに言っていたが、
《実母の信認を得たい》というのは子どもの本能であり、
ずっとこのような価値観に当てはめられながら育てられたのであれば、
本人が気付いているかどうかは分からないが、彼は傷付いていると思う。
「学歴の高い人、一流企業に就職した人は素晴らしい」という視点は
世間の見方だ。
「世間の目」とはそういうものだと思う。
しかし「親の目」がそれと一緒では子どもは堪らない。
世間が認めなくとも親にとっては可愛い子であるのが母性であり父性。
それは「とりあえず甘やかす」というのとは一線を画する。
誰かを「貴方と違って素晴らしい人」などと我が子に言うとは信じられない。
ずっとそんな風に世間の価値観と比較されて育ったA君。
彼はもう中年という年齢層になるのだから、彼の人生は自己責任とは思うが、
彼が定職に就かず転々と職を変えてきたのには、
親の絶対的価値観である《世間体に叶う》というのが、
彼のベースにもあるのではないかと思う。
だから彼に好意的な主人や私から見ても、
彼は《一発逆転》《一山当てる》みたいなところを目指してもがいているように
見えるのだ。
コツコツ地道に努力するのを斜に見ているように感じる。
飲食店に勤め始めた時には「いつかフランチャイズで年商数億になる」と、
夜の商売に身を置いていた時には「自分は雇われ社長」と、
保険会社に居た時には「自分は共同経営者」と、
いつも自分を大きく見せる説明をしていた。
そうであるなら仕事は持続していたであろうが、そうはならなかった。
そのままの彼で最高なのになといつも思っていた。
とは思うものの、私も人様にお説教できるような人間ではないし、
A君が本当の意味の《幸せ》になっているよう祈るばかりだ。
人は変わるものだから、ひょっとしたら今の彼は違うかも知れないが……。
自分の親のような価値観の人ばかりではない。
世の中には案外、優しい人が沢山いる。
そのままの自分をさらけ出していたら、優しい人が見えてくる。
A君が優しい人に囲まれた人生を送っていますように祈りつつ、
若干番外の甥っ子編は終わろう。
