義家族と絶縁するまで

義家族と絶縁するまで

遺産相続で主人の姉兄弟達と絶縁。。
結婚から30年足らず。
その経緯を綴り、自分の記録としたい。


Amebaでブログを始めよう!
この番外の甥っ子について、どんどん横道に逸れ、

ナンバー③まできてしまったが、要約すると、

遺産相続が揉めて拗れ、義姉と主人が手紙やメールでのやり取りをしていた頃、

義姉の長男であり主人の甥っ子であるA君が、

自分の母親である義姉と叔父である主人が仲良くしてくれたら嬉しい……と、

直接主人に伝えに来てくれた。

そのA君の申し出に対する主人の答えは「NO!」であり、

その理由は①②の記事に書いた。

主人の答えが「NO!」であるのは、私も致し方ないと思ったが、

その気持ちとは別に、

いい歳をした義兄も義弟も義姉夫も誰一人として直接主人に逢いに来て、

主人と義姉の間を修復しようと一肌脱ぐ人はいなかったのに、

そこをA君は来てくれたということが有り難く、

せっかくのA君の申し出に応えられなかったことは心から申し訳なく思った。

この時から、私達と義親族との関係が改善することはなく、

絶縁することとなり、

私の中にはA君に申し訳なかったという気持ちが残っていた。

そして絶縁後も主人は車のことではA君と連絡を取り合っていたが、

私はゆっくり話す機会もなかった。

しかし昨年、A君がわが家に車を引き取りに来ることがあり、

道端での5分くらいの会話であったが、

私は「あの時ありがとう。気持ちに応えられなくてごめんね」

というような感じで謝ることが出来た。

私は「ずっと気になっていたから」と伝えたと思うが、

確かに絶縁から数年経っており、

《今更》なので、A君も主人もキョトンと驚いていたと思う。

揉め事の渦中にあった時には、主人はピリピリとしている部分があったし、

私がA君に謝ることが、主人の意に添うのかどうか自信もなかったが、

もうこの時点では、難なく自分の気持ちを伝えることが出来た。

主人は「なんで今頃……?」みたいな事を言っていたが、

私を止めることも、もちろん責めることもなく、最後まで言わせてくれた。

そしてA君の答えが以外だった。

「そんなん気にしてないよ、ところでその後そのままなん?」と。

「自分も実家と全く連絡取り合ってないから……」と言うので少々驚いた。

以前A君から、何となくA君と義姉(実の親子)の関係が円満でないことは

ちらっとは聞いていた。

しかし、全く連絡取り合っていないとは少々驚いた。

一つ思い出したが、A君が義姉を嘲笑していたことがある。

それは、義姉の長女の結婚相手のエピソードで、

結果的には義姉の長女夫妻は離婚してしまったのだが、

その結婚相手は確かに酷い人で、義姉の長女は可愛そうだった。

その辺りの経緯も過去の記事には詳しく書いたと思うので省くが、

当初、義姉はその酷い結婚相手を大層気に入っていた。

学歴、勤務先などが特にお気に入りだったのかと思うが、

義姉は彼のことをA君に話す時に「貴方と違って素晴らしい人だわ」と、

言ったそうだ。

それが結果は、酷い人(義姉が言うには《不能者》でDV夫だそう)で

離婚することになったのだ。

義姉が「貴方と違って素晴らしい人」と言った結婚相手との結末を

A君は嘲笑したのだ。

その長女カップルが婚約中に、A君夫妻と
4人で食事に行ったらしいのだが、

その時に、A君夫婦共に「こいつはアカンな」と思ったと言っていた。

私の主人も、お正月の集まりで始めて渦中の人に逢った時、

私と二人になってから「けったいな奴やわ、気持ち悪い」と言っていた。

普通に回りが見えていれば《違和感》のある人だったのだ。

義姉という人は《世間から見た素晴らしい自分》に固執していたから、

《世間から見たらどんな人か》の基準で人を判断するのだろう。

そんな人の《人を見る目》なんてこんなものだ。

A君はそれをさも可笑しそうに言っていたが、

《実母の信認を得たい》というのは子どもの本能であり、

ずっとこのような価値観に当てはめられながら育てられたのであれば、

本人が気付いているかどうかは分からないが、彼は傷付いていると思う。

「学歴の高い人、一流企業に就職した人は素晴らしい」という視点は

世間の見方だ。

「世間の目」とはそういうものだと思う。

しかし「親の目」がそれと一緒では子どもは堪らない。

世間が認めなくとも親にとっては可愛い子であるのが母性であり父性。

それは「とりあえず甘やかす」というのとは一線を画する。

誰かを「貴方と違って素晴らしい人」などと我が子に言うとは信じられない。

ずっとそんな風に世間の価値観と比較されて育ったA君。

彼はもう中年という年齢層になるのだから、彼の人生は自己責任とは思うが、

彼が定職に就かず転々と職を変えてきたのには、

親の絶対的価値観である《世間体に叶う》というのが、

彼のベースにもあるのではないかと思う。

だから彼に好意的な主人や私から見ても、

彼は《一発逆転》《一山当てる》みたいなところを目指してもがいているように

見えるのだ。

コツコツ地道に努力するのを斜に見ているように感じる。

飲食店に勤め始めた時には「いつかフランチャイズで年商数億になる」と、

夜の商売に身を置いていた時には「自分は雇われ社長」と、

保険会社に居た時には「自分は共同経営者」と、

いつも自分を大きく見せる説明をしていた。

そうであるなら仕事は持続していたであろうが、そうはならなかった。

そのままの彼で最高なのになといつも思っていた。

とは思うものの、私も人様にお説教できるような人間ではないし、

A君が本当の意味の《幸せ》になっているよう祈るばかりだ。

人は変わるものだから、ひょっとしたら今の彼は違うかも知れないが……。

自分の親のような価値観の人ばかりではない。

世の中には案外、優しい人が沢山いる。

そのままの自分をさらけ出していたら、優しい人が見えてくる。

A君が優しい人に囲まれた人生を送っていますように祈りつつ、

若干番外の甥っ子編は終わろう。
義姉の長男である甥っ子(ここではA君と呼ぶ)が主人の仕事場を訪ねてくれて、

A君にとっては叔父である主人と、A君にとっては実母である義姉とが

「仲良くしてくれたら嬉しい」という気持ちを伝えてくれたことは

私にとっては本当に嬉しいことだった。

これが身内の気持ちだと思う。

1つ前の記事でも述べたが、義兄や義弟にはこういう働きかけは一切なかった。

義兄嫁も、私としては精一杯親しくしようとしたが、

向こうから歩み寄ってくれることは一切なかった。

義姉の感情だけに配慮して行動してたのだろう。

そんなことことで《A君の気持ち》は有り難いのだが、

そんなA君の申し出に主人は

「無理❗」と答えたそうだ。

そこまでキッパリと言えるのは、

主人とA君は血の繋がった親族という遠慮のなさもあったと思うし、

A君から「家を新築するのにお金が要るから無理矢理遺言書作らせたんかな

とも考えた」という、A君と義姉との会話を聞いて

心底呆れていたからかも知れない。

そして主人はA君に「あの人(義姉)はものすごい嘘つきやからな」

とも言ったらしい。

義姉は物事を自分の都合の良いように論点をすり替えたり、

自分に都合の良い部分だけを拡大し、

都合の悪いことはまるでなかったかのように触れないなど狡賢く印象操作する。

口下手な主人にしてみれば、

反論できないまま悪者にされているのが常であったから

義姉に対して不信感が募っていた。

そして、物事を分析しないタイプの主人からすれば

「嘘つき」という表現になるのだ。

それから主人はA君との会話の中で、

自分の嫁に対して全く物言えない義姉夫のことも批判したらしい。

もちろん口下手な主人は理路整然と語ったのではなく、

「自分の嫁があんなことしてたら、自分やったら殴ってでも止めさせるわ!」と

「おいおいおい」と突っ込みどころ満載な言い方をしたらしいが、

それに対してA君は「何か言ったら母親はカーッとなるから、

父親は黙っている」という主旨のことを言ったらしい。

つまり、義姉は自分の意にそぐわない事を言われたらヒステリックになり、

それなら、もう黙っておこうというのが

波風を立てない義姉夫のやり方なのだろう。

私もまた常々、義姉夫と義兄には不信感を持っていた。

私は義姉に対して不信感があり到底仲良くなれる相手とは思っていないので、

義親族が納得してのあの関係なのだから何ら口出しするつもりはないが、

主人はやはり血縁関係にある甥っ子についつい言ってしまったのだろう。

私が義姉夫と義兄に対して持っていた不信感とは………

あの頃のヒステリックでノイローゼっぽい義姉に対して、

「嫁いだ立場なのだから長男に任せろ」と、

義姉夫は何故無理矢理でも距離を置かせようとしなかったのだろう。

義兄も、義姉から「天晴れな長男!」と持ち上げられておさまっておらずに、

天晴れな長男ならそれらしく、

「姉ちゃんがしんどい思いすることない。○○(主人)とは自分が話すから!」と

直接主人と話しをすることが一度もなかったのは何故なのか?

義姉の身近にいるこの二人の男性は本当に義姉のことを思いやっているのか

いつも疑問に思っていた。

この二人の男性は、一度も義姉の言動に疑問を持たなかったのか?

それなら何も見えていない人達だ。

一度でも疑問に思ったことがあるのなら、義姉の言動を軌道修正するよう

助言してもいいのではないか?

義姉は大変な思いをし頑張っていたと思う。

しかし、その頑張りは完全に方向性を間違っていたと思う。

だから、あんなにイライラといつもヒステリックだったのだ。

だから、あんなに幸せから程遠い人生だったのだ。

誰も口に出さなかったが、義姉の介護は「大変大変」と言っても、

毎日おなじ屋根の下で下の世話までしていたのではない。

施設に任せるところは任せて「助かるね」というスタンスもとれたのだ。

しかし、義姉には《大変な思いをしている自分》が必要だったのだ。

でなければ皆に尊敬され一目置かれるポジションが見いだせない。

そして敢えて言うならば、義姉には《揉め事》が必要なのだ。

「施設にお任せしてして自分達の生活も大切にしようね」と言って、

自然と自分達の生活を守ることに罪悪感を持たないですむ雰囲気、

そんな空気の軽い雰囲気は義姉の回りになかった。

いつも頑張って大変な自分……それに協力する長男夫婦と三男夫婦、

そして、それは協力しない次男夫婦を責める材料になる。

主人(次男)が義姉に従順で関係が良好であれは義親族は円満だったのか?

ひょっとしたら義姉兄弟達はそう思っているかも知れない。

しかし、それは何も見えていないだけで絶対にありえない。

やいのやいのと次男夫婦と揉めている間に、義母の預金を管理しその流れを

最後まで説明しなかった義姉は何をしていたのか。

次男夫婦との揉め事は皆がそこから目を逸らす絶好のネタだった。

もし、主人(次男)がもう少し巧く義姉と付き合っていたなら、

義兄(長男)がマンションを買う時に義母に資金をむしんしたことや、

自身の子どもの借金を義母に返済してもらったことに、目が向けられただろう。

義姉と主人(次男)の関係が良好であれば、
義姉は絶対に義兄を責めていたと思う。

義姉は義母に、義兄を援助するよう助言していたようだが、

もし、主人(次男)との関係が良好ならば、それもなかっただろう。

それが、義姉には《揉め事が必要》ということ。

そして義兄は、義姉と主人が揉めていることが好都合だった訳だ。

自分が何かと義母から金銭的援助を受けてきたことに焦点が当たらない。

そして義姉夫にしてみれば、というか、義姉夫婦にしてみれば、

妻の親族の揉め事に奮闘していれば、自分達夫婦の関係に目を向けなくて

良かったのではないか、とさえ私は思っている。

それらの事が私の妄想や勘違いであるならば、

大のいい歳をした義兄や義姉夫が、

一度も義姉と主人の関係改善に行動を起こさなかったこと、

そして、それに一度も疑問を呈さなかった義姉の態度、

それらの理由を知りたい。

義姉のように一生懸命努力しているのに幸福と縁遠い人…

間違った方向に長い年月をかけて努力している人の回りには、

それが自分にとって都合が良い故に、援護射撃している人が必ずいる。

その人(義姉)の幸福を心から願っている訳ではないのだ。

そのような人達がまた、義姉にとっても都合の良い人達な訳だ。

何度も言っているが共依存している人達。

もう絶縁してから何年も経つが、義姉が心優しい人達に囲まれて、

夫婦、親子、兄弟、義兄弟、友人などと幸福な人生を歩んでいるなら、

いらぬお節介も甚だしいということになる。
この手紙やメールのやり取りしている頃に、甥っ子が主人の店にやって来た。

主人には甥が四人いる。

義姉のところに一人、義兄に一人と義弟に二人男の子がある。

あと義姉と義兄のところに姪が一人ずつ。

主人のところにやって来たのは義姉の長男だ。

この甥っ子をA君とする。

主人にとっては、このA君だけが特別だ。

主人が独身で実家住まいだった頃、義兄や義姉が子どもを連れて実家に帰ってくるのだが、

義兄の子ども達はちゃきちゃきと元気な物怖じしないタイプで、

義姉の子ども達は大人しい控え目な感じだ。

義弟の子ども達は、私が嫁いだ頃に長男が幼児であったし、
 
次男はまだ誕生していなかったから、主人にとっては馴染みが薄いというところだろう。

主人と義母は、義姉の子ども達を好ましく思っていた。

主人は、私と知り合った当初に、はっきりとそれを言っていたし、

義母は孫なのだからどの子も可愛いのだろうが、義姉の子ども達の

「おっとりしたところが好き」と口に出したことがあった。

また、義父は「わしは長男の子らが可愛い」と、これはまたはっきりと言っていた。

私達夫婦は結婚してから子どもの居ない期間が長かったので、

義父母もそのようなことを口に出し易かったのかも知れない。

昔は主人と義姉も普通の関係で、主人はこの甥っ子を大層可愛がっていた訳だ。

義姉兄弟の仲が普通だった頃から、主人は血縁関係に淡白で、

その他の甥や姪が可愛いと思ったこともないそうだが、

この義姉の長男だけは「可愛い」と主人がはっきり言っていたのだ。

さて、そんなA君とは義姉兄弟と絶縁した今でも付き合いがある。

頻繁に逢う訳ではないが、A君は車関係の仕事をしているので、

主人は、車に関することは彼と連絡をとっている。

説明が長くなったが、主人と義姉の不仲も一番のピークを迎えていた

この手紙やメールのやり取りをしていた頃、A君が主人の店に訪ねてきたのだ。

私はその場に居なかったので、主人から聞いた話しになるが、

A君は訪ねてきた理由を「自分の母親と○○(主人の名前)が仲良くして欲しいと思って」

と言ったそうだ(※A君は主人を名前でよぶ)。

何と真っ当な心情だろう。

A君は「自分の母親が怒っているのは○○が遺言書を作ったことだけやねんて」

と言ったらしく、主人は呆れていた。

そこからもう嘘な訳だ。

主人が遺言書を作ったことを義姉が知ったのなど、この時点から言えばごく近々のこと。

それまでの長い年月、ずっと私達夫婦に対して怒りを隠そうともしなかったことを

なかったことにしようとしているのか?

自分は天使のように好い人だったのに、

主人が一方的にひねくれて頑な態度だったということにしようとするいつものやり方だ。

恐らく、A君がこのように言うということは、義姉がA君にこのように話しているのだろう。

義姉「私が○○(主人、義姉からみれば弟)に対して腹を立てているのは

黙って遺言書を作ったことだけ」と。

こういう時にもし義姉が………

「私は、何かと私の気に障る態度のあの夫婦が嫌いだった。

だから私の態度も理に叶ったものではなかったと思う。

特に母の介護に関しては、○○(主人、義姉から見れば弟)にも私に協力してほしかった。

○子さん(私)にも、長男嫁に声をかけるのではなく私に直接協力を申し出てほしかった。

私は誰よりも頑張って母の介護をしているのだし、キーパーソンである私に連絡してきてと、

言い続けている私を差し置いて、直接長男嫁に協力を申し出てもらっても、

自分が無視されているようで受け入れられなかった。

私の思うような協力をあの夫婦(私達夫婦)はしてくれなかったから、

私もあの夫婦にわだかまりがあり、時には嫌味を言ったり他の兄弟や母に愚痴も言った。

なので、あの夫婦が頑なな態度になったのには私にも一因があると自覚しているが、

彼らももう少し多くを語って関係改善に努力してくれても良かったのではないか。

もう一度、お互いの誤解があるならそれを解くよう腹を割って話したいと伝えてほしい」

というようなこと……

つまり、一方的に私達夫婦にだけ非があり自分達は100%正義というのではなく、

そして怒りは遺言書を作ったことだけ……などと体裁を取り繕うのではなく、

お互いさまなこともあれば誤解もあり自分(義姉)も誰かを傷つけていたことを認めて、

そこからの関係改善の提案……を、

A君に伝えていたなら改善の糸口が見えたかも知れない。

もちろん、これを義姉が言ったとして話し合いになれば、

こちらから伝えたい義姉の矛盾は山ほどあるのだが、分かり合える糸口にはなると思う。

それでも主人がそっぽを向くなら主人に非があると言えるだろう。

怒りがあって、嫌味を言ったり意地悪をしたりしてきたことや、

私が義兄嫁にお手伝いを申し出たことなどは全てなかったことにしたりと、

《自分と義兄夫婦が正義で私達夫婦が悪》という筋書きに固執し、

自分のしたことは寸分も反省しようとしないで、

どうしても私達夫婦を悪者にし、私達が謝ることだけが前に進む道だと考える義姉とは

関係改善の糸口は見えない……というか最後まで改善出来なかった。

A君が主人に話したことの中で主人が殊更驚き、怒りを感じたのが

A君曰く「(主人が)家を建てたからお金が要ったんかなって話しててんけど、

それには日にちが合わないなって言っててん」と、自分と母親(義姉)の会話を伝えたものだ。

つまり、わが家が家を新築したので、その資金の為にお金が必要になり、

義母に遺言書を書かせてお金を手に入れようとしたのかと考えたが、

それには日にちが合わないという結論になったということだ。

それはそうだろう。

そんなこと、私達は考えたこともないし発想もないからだ。

義母から「義兄がマンションを買う時にお金を無心された」と愚痴っているのを
聞いたことがあるが、

私達は義母のお金を当てにして見栄を張ろうとしたことなどないと、断言できる。

わが家は貰い火の火/事で家が全/焼し、やむ無く家を新築した。

その時もわが家が全/焼したことを、A君が直後に知っていたにもかかわらず、

義姉兄弟が火事見舞いに訪れたのは火/災から4ヶ月後だった。

そして、その時の義兄の第一声が「何で連絡してこえへんねん」だった。

その時も大層主人は怒っていた。

普通身内の一人(それも義姉の長男というかなり近しい身内)が知っていれば、

さっと連絡が回りいち早く駆け付けるものではないか。

4ヶ月も経って、皆で打ち合わせてわざわざ揃って来て「何で連絡してこえへんねん」は

普通の神経ではない。

私は後に義姉から「お見舞い渡したのに貴女が何も言いはらへんから

火/事のことも尋ねられないし」と言われた。

つまり、おかしな考え方だと思うが、義姉は、私からの「お礼の言葉」がないから、

火事見舞いの言葉もかけられなかった、ということだ。

それで、私は慌てて義兄と義弟にもお礼の手紙を書いた。

確かにその頃、火/事に加えて、娘が7時間に及ぶ手術を受ける病気になり、

思いがけない大事を二つ同時に抱えた私の生活は、

関わった全ての知人に不義理をしただろうと想像できる。

しかし、義姉以外の全ての人たちからは責められたことなどなく、

同情と愛情を与えてもらえた。

実の弟の家が全/焼し、4ヶ月放置し、お見舞いを持ってきたと思ったら

「連絡してこない」だの「お見舞いのお礼を言わない」などと責める。

まぁ普通ではない。

実の兄弟の家が全/焼するという出来事は、

それまでの確執などいったん脇に置くのが普通だろう。

普通ではないから《家を建てる資金の為に遺言書を書かせたのではないか》

などという発想になる訳だ。

しかし、遺言書が作成されて何ヵ月も経ってから火/災があり、

自分達の筋書きどおりには辻褄が合わなかったというところだろう。

しかし、自分の母親と叔父である主人が仲良くしてほしいと思い、

訪ねてきてくれたA君を私は有り難いと思った。

義姉は、義兄夫婦のことを《天晴れな長男》《長男として人一倍責任感のある夫婦》

などと、ことあるごとに私達夫婦に当て擦りしてきたが、

義兄は、この時のA君のようには只の一度も、義姉と主人の関係改善の為に、

主人を訪ねてきたことなどない。

義姉の言うとおりの天晴れな人一倍長男として責任感のある夫婦ならば

「何を怒っているのだ?」とか、

「姉ちゃん(義姉)がお前達夫婦のことを悪く言ってるのなんか聞いたことない。

いつも心配してるで、反省しろ」とか、

義兄嫁にしても、私に対してそのような働きかけがあってもいいのではないか?

そのような自発的な行動が二人には一度もなかった。

つまり二人は天晴れでも、長男として人一倍責任感がある訳でもないのだ。

只ひたすら、義姉の思うとおりに行動してきただけだ。

それを、天晴れだとか人一倍責任感が強いなどということにして、

私達夫婦を当て擦る材料にしているのが義姉だ。

何度も言っているが、天晴れでなくても人一倍長男としての責任感など強くなくても、

私は普通にそのままの義兄夫婦と付き合える。

二人を微妙な立ち位置にしているのは義姉だ。

自分と主人(義姉からは実弟)の確執を、主人とその他の姉兄弟の確執にすり替えようといつも必死だ。

話しがやたらに横道に逸れてしまうのだが、

とにかく私は、A君の行動を心から有り難いと思ったのだ。