義家族と絶縁するまで -2ページ目

義家族と絶縁するまで

遺産相続で主人の姉兄弟達と絶縁。。
結婚から30年足らず。
その経緯を綴り、自分の記録としたい。

これは2019年1月16日に訂正して再投稿しました。手紙本文そのまま載せていたものを思うところあって削除、説明文で作成し直しました》

手紙の続きは……

義姉が遺言書を作った経緯……

義母が信託で作った遺言書は最低100万円の「遺言執行料」がかかるので、

それは取り消し、公正証書遺言に作り直した。

なので自分(義姉)が私利私欲によって遺言書を書き直したというのは

事実と異なり心外である。

また、そのような重い話しを聞いたのであれば何故自分(義姉)に

問い合わせてこなかったのか、悔しくてならない。

次男夫婦にそのような話しを吹き込んだ信託の担当者を問い質したいたいが、

身内の恥と重い行動には移していない……

というようなことがだらだらと綴られていた。

私は母の介護ノートに日々の出来事をメモ書きしていたので……

ともあり、自分の記憶に間違いないそうだ。

なるほど、それでこの手紙と介護ノートをセットで置いていったのか……と、

今理解した始末。

以前の記事にも書いたが、義母が亡くなりかなりの時が経ってから、

義姉はこの手紙を持ってきたのだが、

自分がつけていた介護ノートとセットで置いていった。

「何故今更、介護ノートまで見せるのだろう?」と、疑問に思ったものだ。

「私は当然のことと思って介護してきました」と度々上から目線で言うのに、

今更、介護ノートを見せて大変だったことをアピールしたいのかと

不思議だった。

しかし、当時のことをこうやって整理していく中で、

このメッセージに初めて気づいた。

この手紙の内容に信憑性を持たせる為に介護ノートをセットにしてきた訳だ。

残念ながら介護ノートはパラパラっと捲ったが読んでおらず、

そのメモのことは知らなかったのだが、もし読んだとしても、

後から書き加えたものか、

見せることを前提として書いたのか真実は分からない。

信頼関係をなくした者どうしが話し合わなければならない時に、

どちらか一方が書いたメモ書きなどを出してきても意味がない。

自分を正当化する為に躍起になっているから「相手の立場になれば……」

という考え方など出来ないのだろう。

それに問題は信託との経緯ではなく、義母が信託で作った遺言書と、

次に義姉が関わって司法書士に依頼して作った遺言書の内容が、

全て同じであったかが問題なのだ。

介護ノートのメモなど持ち出して回りくどいことをしなくても、

2通の遺言書を並べて見せれば済むことだ。

「○子(義姉)が私利私欲のよって○○信託の遺言を一方的に断った」と聞いたという貴方の非難は事実と異なり心外です。

と、手紙にあったが、こんなことをぐずぐず言わなくて済むものを。

始めに○○信託で義母が作った遺言書と、新たに作り直した遺言書の内容が

全く同じであったという前提で義姉は捲し立てているのだが、

主人は始めの遺言書を見てもいないし、作ったことさえ知らなかった。

主人がそこを指摘すると、

義姉は「公文書なのだから人に言うはずないでしょ❗」と激怒したが、

時系列的にはそれ以前、親族で話し合った時に

義兄が2通の遺言書(義姉が持っていた物と主人が持っていた物)の存在を知らず、

それがあきらかになった日に、お酒を浴びるように飲んで夫婦喧嘩になったと、

義姉がそれも全て主人のせいのように責め立てた。

義姉は「遺言書のことを○子ちゃん(義兄嫁)に話したから、

○さん(義兄)の耳にも入っていると思っていたわ」と

自分でハッキリ言っていた。

主人が勝手に遺言書を作って義兄を傷付けたと責める時には、

「自分は話した❗」(だから義兄を傷つけてない)と言い、

主人から何も聞いていないと指摘されると、

「公文書なのだから人に言うことではない❗」と言う。

義姉お得意の二重規範、、ダブルスタンダード。。

「長男(義兄)夫婦は私に従順だから話しましたが、

貴方夫婦は私に反抗的だから話さなかったのです!」と言えば済むものを

公文書だのどうのと、

自分を正当化しようとするから言動が矛盾だらけになるのだろう。

全く同じ内容の遺言書を信託から公証役場で作り変えただけで、

自分は潔白だと言うのなら、

やはり破棄した遺言書と、義母亡き後に公表した遺言書を並べて見せれば済む。

それが出来ないのにここでも自分の行動を正当化しようとするから、

やはり矛盾だらけの言動になるのだろう。

確かに2通の遺言書は、

義母が気にしていた《店舗を次男(主人)に譲る》という点は同じだが、

その他のことは同じかどうか分からない。

こと現金に関しては、

義母が痴呆だと義姉が騒ぎ出してから亡くなるまでの数年間、

義姉一人が管理し、

預かった時から義母亡き後まで通帳の履歴など全く公開していない。

ここまで、自分が正しかったと認められたいのならば、何も言わないで、

遺言書や通帳など全てを公開すれば、言い訳など何も必要ないのだ。

介護ノートの出番もない

全ての書類を揃えて、

「只、母への愛だけで、私はこのように正しく母の財産を管理してきました。

それを疑う貴方を私は軽蔑します!」と言うのなら筋がとおる。

主人をギャフンと言わせることに躍起な義姉がそれをしないということは、

自分の主張と現実が違うから出来ないのだ。

先月信託に手続きに行った折、信託の担当者△△さん(義母の作った遺言書を義姉から止められたと主人に説明してくれた人)を、見かけたが、身内の恥と思い声をかけなかった。

などという一文があった。

身内の恥?

自分が恥ずかしかっただけなのでは?

そこで話しかけて誤解を解くきっかけを作れたかも知れないのに、

《身内の恥》などと論点をすり替えて、

本質からかけ離れた言動をするから混乱する。

△△さんは

「お義母さんは同じ子どもといえ次男さん(主人)が可愛かったようですね」と、

はっきり言ってくれた人だ。

義姉にとっては

自分に都合の良いことを話してくれる相手ではなかったのだろう。

自分の意志で結果的に話しかけなかった場合、

本当の分別ある大人なら「出会ったけれども話しかけなかった」などと

わざわざ言わないで黙っておくだろう。

《身内の恥》などと最もらしい言い訳など尚更しないだろう。

義姉のしていることは、分別ある大人の振りをした幼稚な行動だ。

人から筋の通った言動をしていると認められたくて仕方ない。

ここで重要なのは、

大人として筋の通った行動をしようと心掛け努力しているのではなく、

自分の幼稚な言動を、立派な大人の言動と認めさせようと

正当化することに躍起になっているだけである。

残念ながら、この手紙はまだ続く。。
《これは2018年11月19日に訂正して再投稿しました。手紙本文そのまま載せていたものを思うところあって削除、説明文で作成し直しました》

手紙の続きには、自分で納得せずに施設に入った義母が、

入所を決めた義姉や義兄夫婦に暴言を吐き、

それがどれほど辛かったかが綴られていた。

この部分について…「いや、だからどうした?」と言いたい。

時と場合によっては「私は当然のことと思って介護してきました」と

上から目線で「私と貴方達は違う」アピールをするのに、

何故こんなに「私達は大変な思いをした」と恩着せがましく言うのか。

ある時は「私はこんなに立派な人間です❗」

またある時は「私はこんなに辛い辛い思いをしています❗」

時と場合により、効果的にダメージを与える立場を使い分ける。

これぞ、義姉のダブルスタンダード。

手紙は続いて、

義母の入所時、主人が義母に「(義母が)望むなら自分が引き取る」と言ったこと、

それが更に自分達を苦しめたとグズグズ続いていく。

この部分に、こう綴ってある。

私達は認知症の母の妄想だと思い、ひたすら母の『悪態』に耐えていました。

これもおかしい。

この時期(主人が義母に引き取るなどの発言をし、義姉が激怒した頃)に、

何かの集まりで顔を合わした時、

この件について義姉は凄い形相で主人に噛みついていた。

「貴方ねっ❗いい加減なこと言って

私達がどんなに大変な辛い思いしてるか判ってるの?!」

そして「謝ってもらいたいっ❗」と詰めよってもいた。

主人はもちろん謝らないし、知らぬ顔をしていたが、

この時、私にとって聞き捨てならないことを義姉が言った。

「お嫁さんの意見も聞かないで!」

「は?」←私の心の声

義姉は主人が義母の気を引く為にいい加減なことを言ったと思っており、

「このお嫁さん(私)がそんなこと承知するはずないでしょう」という嫌味付きで

主人を責めたてた。

しかし、主人は本気で義母を引き取りたいと考えていたのだ。

主人は義母に「でも自宅での限界がきたら、施設に入ってな」と

率直な言葉もかけていた。

そして私にも「おばあちゃん(義母、主人の実母)家に連れてきてもいいか?」と、

確認していて、私はOKしていた。

私としては正直「お世話になったお母さん、是非私達で看てあげるべき」と

優しさに溢れた思いでOKした訳ではなく、もちろん不安はあったが、

一番にはそこで反対したり躊躇しては主人とギクシャクするのではないかという

その時点ではほとんど無意識の反応と、二番目には自宅での限界がきたら、

施設に入居してもらうと主人が考えていたことでOKしたのだ。

その頃、主人の友人が高齢者施設の施設長をしていて、

主人はその友人に《その時には》優先的に入れてもらうという約束もしていた。

私達なりにそのような事情があったので、私は義姉の嫌味をスルーできずに、

「私は了承していました❗」と言わせてもらった。

そしたら義姉は……

「へふぇ〜〜〜〜❗」と、

信用出来ませんの感じを込めて言っていた。

義姉ほど、嫌悪感をそそる態度をとれる人を私は知らない。

まぁ、義姉から嫌味な雰囲気は拭うことは出来ないのだ。

……と、事実そのようなやり取りがあったのに、この手紙では

私達は認知症の母の妄想だと思い ひたすら母の『悪態』に耐えていました。

となるのだ。

「いや、めちゃくちゃ怒ってましたやん!」

何故、ひたすら耐えてたことにするのか?

又、この手紙でも、それ迄の母と貴方一家との関わりから……

という一節があり、前回と前々回でも問題にした

書かなくてもすむ嫌味なのだが、こうして見直すと随所に現れるので驚く。

それに、確かに私達は義母と距離を取っていたが、

それはあくまで義姉と距離をとる為で、

義母に対して悪感情を持ったことは一度もない。

しいて言えば、長い期間、義母と義姉が共依存の関係であったので

距離を置くという手段しか選択肢は思いつかなかった。

私が義母に対して悪感情を持ったことがないことは、

義姉兄弟夫婦と私達夫婦、皆で話し合った時に直に話している。

また、手紙には

当時の母は私が部屋に入るなり

「あんたにこんなとこに閉じ込められた」とまで言った。

とか

義兄夫婦は「私がここで首/吊ったらあんたらどないする」とまで言われた。

などと綴られているが、これ全て主人のせいだと言うのか?

義母と義兄夫婦、義母と義姉、それぞれの関係にも問題があったのでは?

自分達が義母から罵倒されたのも何もかも全て主人のせいにするのはおかしい。

義母は義兄のことをあんなに怒っていたではないか。

マンションを買う時にお金を無心してきた、

息子(義母にとっては孫)の借金を返済する時にもお金を無心してきた。

それらのどれかは、義姉から「助けてあげなさい」と言われた、

と、義母は「親にお金無心するのあの子だけでっせ」と怒り心頭だったのだ。

そういう主人とは全く関係のない、義兄↔義母↔義姉の関係があったのに、

論点をずらし、全て主人のせいのように語っている。

ここでもはっきりしておきたいが、

私はそんな義兄が悪いと思っているのではない。

義母と義兄の問題だ。

主人も、義母が義兄のお金についての不満を言う度に、

「誰に説得されようと、

おばあちゃん(義母、主人にとっては実母)が納得してやったことやねんから、

今さらどうにもならへんで」と宥めていたし、その態度は一貫していた。

義兄を立派な人とは思わないが、別に立派な人でなくても良いと思う。

義兄に親しみを感じる訳ではないが、普通の親戚付き合いは出来ると思う。

私が「おかしい」と思うのは、

義姉が、そんな義兄の状況を知っているのに一切それには触れず、

長男として人一倍責任感が強いとか、あっぱれな長男と持ち上げることだ。

それは殊更に主人を貶める材料であり、

本当に義兄を愛し庇っているのではないと思う。

何故なら誰も義兄を責めてはおらず、

義姉自身に《長男を庇っている自分》が必要なだけだ。

そして手紙には「それら(義姉が主人のせいで辛い思いをしていた)は、

第二の遺言が作成された時期であったが、

私達は誰かが母のところへ通っていました」と続く。

《第二の遺言》というのは、義母と主人が作った遺言書のことを指している。

義姉は、主人が義母を騙して遺言書を作ったことにしたいようだが、

真実はそうではない。

それも直で話し合った時に伝えた。

そして母のところへ通っていたのは義姉の勝手で、

それを人のせいにされても困るのだ。
《これは2018年11月5日に訂正して再投稿しました。手紙本文そのまま載せていたものを思うところあって削除、説明文で作成し直しました》

手紙の続きは四十九日における主人への非難から、

義母が施設に入ることになった頃の私達夫婦への非難へと移る。

義母の施設を決めるまでがどんなに大変だったかが延々と綴られており、

自分と長男夫婦がどれだけ大変な思いをしたのかが、

一方的な視点で延々と語られてある。

口では「私は娘として当然のことと思って介護してきました」と言いながら。

手紙の出だしはこうだ。

貴方達は母の晩年の日常をご存知ないと思いますが、

この始まりは、前の記事で問題にした

兄弟の中でも生前の母と一番疎遠で、介護に殆ど関わってこなかった貴方夫婦が、

と同じで、書かなくてもすむ嫌味をどうしても書かずにおれない

当て擦りは義姉の言動の特徴だが、それは文章にしても同じなのだ。

ここをぐっと我慢して、

冷静に伝えなければならないことだけを綴っていた手紙ならば、

ひょっとしたら私達も胸に響いたかも知れない。

そして、やらなければならないことに対処していったかも知れない。

少なくともこの恨み辛みをダラダラと綴った手紙よりは

関係改善に役だっただろう。

この手紙では、主人は出だしを読んだところで放り出してしまったのだから。

何故、当て擦りな言動や表現をしてしまうのか?

それは「私は当然のことと思って介護してきました」とか、

「貴女は仕事をしているし子どもも小さいから

出来るだけ負担をかけないでおこうと思った」と、

心の大きな優しい人の振りを頑張っても、

一方で私達への怒りをため込み、

それを抑圧して良い人を演じているだけだから、

溜まった怒りは解消されず、事あるごとに恨みは顔をだし、

当て擦りな言動や表現となってしまうのだろう。

その上でまだ、その真意に目を背けて「貴女達の為にこの手紙を書いた」

ように正当化の上塗りをしようとしているのだ。

真実なんてどこにもない。

自分の不満や怒りをストレートに表に出す人というのは

《人間ができていない》とか《幼稚》などと思われがちだが、

正直な人とも言える。

義姉のように怒りを抑圧している人が立派な人間に見えることも多い。

しかし、さまざまな事情から自分でコントロールして怒りを堪えるのと、

怒りをなかったことのように《抑圧》するのは全く違うのだ。

実際、事情によっては不満や怒りを表に出すことが《正常》な場合がある。

また脅迫的に《人に良く思われなくてはならない》と思い込んでいる

アダルトチルドレンなればこそ、

不満や怒りを表に出すことができないこともある。

本当に《人間》とは複雑だ。

そう考えると《十人十色》とは奥の深い言葉だと思う。

《好い人》だと思って近づいて痛い目をみた経験は誰にでもあると思うし、

本物の優しさを持った人が、人付き合いの中で軽く扱われることも案外多い。

人の心の中は見えないし、自分自身も本当の自分が見えてないこともある。

本物か否かを判断する唯一の手段は、

その人を取り巻く空気が軽いか重いかそれしかないと思う。

さて話しがすっかり脱線してしまったが、

今回取り上げた手紙部分の最後はこうなっていた。

しかし残念ながらその後母が永眠するまで、貴方方夫婦から連絡をもらったことは一度もありません。

これも、介護云々以前に義姉と私達夫婦は全く付き合いがなかったのに、

そこをしれっと無視して、まるで、普通の親戚付き合いをしていた次男夫婦が

ただ、介護がイヤで逃げたようにすり替える。

私は義兄嫁には顔を合わす度に

「私に出来ることがあれば言ってください」と言い続けた。

それも全くなかったことになっている。

義姉と私達夫婦には元々、義母の介護に関わる以前から確執があり、

確執が生まれたのは、私達夫婦が義姉をとことん避けたことが大きいが、

私達夫婦が義姉を避けるには、それなりの意地の悪い言動を受けたからで、

お互いに幼稚だったというのが真実だ。

お互い様というところを全く認めないで、

自分ばかりを正当化しようとしていては、

話しは拗れ、関係の修復は見えてこない。