これは2019年1月16日に訂正して再投稿しました。手紙本文そのまま載せていたものを思うところあって削除、説明文で作成し直しました》
手紙の続きは……
義姉が遺言書を作った経緯……
義母が信託で作った遺言書は最低100万円の「遺言執行料」がかかるので、
それは取り消し、公正証書遺言に作り直した。
なので自分(義姉)が私利私欲によって遺言書を書き直したというのは
事実と異なり心外である。
また、そのような重い話しを聞いたのであれば何故自分(義姉)に
問い合わせてこなかったのか、悔しくてならない。
次男夫婦にそのような話しを吹き込んだ信託の担当者を問い質したいたいが、
身内の恥と重い行動には移していない……
というようなことがだらだらと綴られていた。
私は母の介護ノートに日々の出来事をメモ書きしていたので……
ともあり、自分の記憶に間違いないそうだ。
なるほど、それでこの手紙と介護ノートをセットで置いていったのか……と、
今理解した始末。
以前の記事にも書いたが、義母が亡くなりかなりの時が経ってから、
義姉はこの手紙を持ってきたのだが、
自分がつけていた介護ノートとセットで置いていった。
「何故今更、介護ノートまで見せるのだろう?」と、疑問に思ったものだ。
「私は当然のことと思って介護してきました」と度々上から目線で言うのに、
今更、介護ノートを見せて大変だったことをアピールしたいのかと
不思議だった。
しかし、当時のことをこうやって整理していく中で、
このメッセージに初めて気づいた。
この手紙の内容に信憑性を持たせる為に介護ノートをセットにしてきた訳だ。
残念ながら介護ノートはパラパラっと捲ったが読んでおらず、
そのメモのことは知らなかったのだが、もし読んだとしても、
後から書き加えたものか、
見せることを前提として書いたのか真実は分からない。
信頼関係をなくした者どうしが話し合わなければならない時に、
どちらか一方が書いたメモ書きなどを出してきても意味がない。
自分を正当化する為に躍起になっているから「相手の立場になれば……」
という考え方など出来ないのだろう。
それに問題は信託との経緯ではなく、義母が信託で作った遺言書と、
次に義姉が関わって司法書士に依頼して作った遺言書の内容が、
全て同じであったかが問題なのだ。
介護ノートのメモなど持ち出して回りくどいことをしなくても、
2通の遺言書を並べて見せれば済むことだ。
「○子(義姉)が私利私欲のよって○○信託の遺言を一方的に断った」と聞いたという貴方の非難は事実と異なり心外です。
と、手紙にあったが、こんなことをぐずぐず言わなくて済むものを。
始めに○○信託で義母が作った遺言書と、新たに作り直した遺言書の内容が
全く同じであったという前提で義姉は捲し立てているのだが、
主人は始めの遺言書を見てもいないし、作ったことさえ知らなかった。
主人がそこを指摘すると、
義姉は「公文書なのだから人に言うはずないでしょ❗」と激怒したが、
時系列的にはそれ以前、親族で話し合った時に
義兄が2通の遺言書(義姉が持っていた物と主人が持っていた物)の存在を知らず、
それがあきらかになった日に、お酒を浴びるように飲んで夫婦喧嘩になったと、
義姉がそれも全て主人のせいのように責め立てた。
義姉は「遺言書のことを○子ちゃん(義兄嫁)に話したから、
○さん(義兄)の耳にも入っていると思っていたわ」と
自分でハッキリ言っていた。
主人が勝手に遺言書を作って義兄を傷付けたと責める時には、
「自分は話した❗」(だから義兄を傷つけてない)と言い、
主人から何も聞いていないと指摘されると、
「公文書なのだから人に言うことではない❗」と言う。
義姉お得意の二重規範、、ダブルスタンダード。。
「長男(義兄)夫婦は私に従順だから話しましたが、
貴方夫婦は私に反抗的だから話さなかったのです!」と言えば済むものを
公文書だのどうのと、
自分を正当化しようとするから言動が矛盾だらけになるのだろう。
全く同じ内容の遺言書を信託から公証役場で作り変えただけで、
自分は潔白だと言うのなら、
やはり破棄した遺言書と、義母亡き後に公表した遺言書を並べて見せれば済む。
それが出来ないのにここでも自分の行動を正当化しようとするから、
やはり矛盾だらけの言動になるのだろう。
確かに2通の遺言書は、
義母が気にしていた《店舗を次男(主人)に譲る》という点は同じだが、
その他のことは同じかどうか分からない。
こと現金に関しては、
義母が痴呆だと義姉が騒ぎ出してから亡くなるまでの数年間、
義姉一人が管理し、
預かった時から義母亡き後まで通帳の履歴など全く公開していない。
ここまで、自分が正しかったと認められたいのならば、何も言わないで、
遺言書や通帳など全てを公開すれば、言い訳など何も必要ないのだ。
介護ノートの出番もない。
全ての書類を揃えて、
「只、母への愛だけで、私はこのように正しく母の財産を管理してきました。
それを疑う貴方を私は軽蔑します!」と言うのなら筋がとおる。
主人をギャフンと言わせることに躍起な義姉がそれをしないということは、
自分の主張と現実が違うから出来ないのだ。
先月信託に手続きに行った折、信託の担当者△△さん(義母の作った遺言書を義姉から止められたと主人に説明してくれた人)を、見かけたが、身内の恥と思い声をかけなかった。
などという一文があった。
身内の恥?
自分が恥ずかしかっただけなのでは?
そこで話しかけて誤解を解くきっかけを作れたかも知れないのに、
《身内の恥》などと論点をすり替えて、
本質からかけ離れた言動をするから混乱する。
△△さんは
「お義母さんは同じ子どもといえ次男さん(主人)が可愛かったようですね」と、
はっきり言ってくれた人だ。
義姉にとっては
自分に都合の良いことを話してくれる相手ではなかったのだろう。
自分の意志で結果的に話しかけなかった場合、
本当の分別ある大人なら「出会ったけれども話しかけなかった」などと
わざわざ言わないで黙っておくだろう。
《身内の恥》などと最もらしい言い訳など尚更しないだろう。
義姉のしていることは、分別ある大人の振りをした幼稚な行動だ。
人から筋の通った言動をしていると認められたくて仕方ない。
ここで重要なのは、
大人として筋の通った行動をしようと心掛け努力しているのではなく、
自分の幼稚な言動を、立派な大人の言動と認めさせようと
正当化することに躍起になっているだけである。
残念ながら、この手紙はまだ続く。。