義家族と絶縁するまで -3ページ目

義家族と絶縁するまで

遺産相続で主人の姉兄弟達と絶縁。。
結婚から30年足らず。
その経緯を綴り、自分の記録としたい。

《これは2018年10月21日に訂正して再投稿しました。手紙本文そのまま載せていたものを思うところあって削除、説明文で作成し直しました》

前回までの記事で紹介した手紙の内容は

四十九日の会食で、義兄から挨拶を振られても、

主人は何も答えることが出来なかった。

そのことを「情けない」と責められたところ……

までであった。

そして四十九日の場面のままなのだが、次のように手紙は続く。

主人が自分の持っている遺言書を持ち出したことに話しは移り、

それがどんなに非常識なことか

……例えば「お店の店員さんもいるところで」みたいなこと……

それで自分がどんなに傷ついたかが綴られていた。

あの会食では、主人も義兄からいきなり「挨拶せよ」と無茶ぶりされたが、

私も義兄からいきなり「現状の親族関係についてどう思う?」と振られた。

義姉、義兄嫁、といるのに、義兄は一番年下の私にまずしゃべらせようとした。

主人は黙して通したが、私ははっきり義姉への不信感を口にした。

特にその時頭に浮かんだ、

ある年のお正月の出来事……

義母からという名目で義姉が皆に配ったお年玉の中身を

私の分だけ空にするという意地悪は非常に不快だったと指摘した。

詳しくは過去の記事に書いたので省くが、

その不愉快な出来事を私が指摘して騒然となり、

結果、成行で主人が遺言書を持ち出したのではなかったか。

まぁ、あのタイミングで遺言書を出すことはあまり頂けなかったが、

主人には、義兄の遣り方も私の反撃もあまりに意外な展開だったと思う。

そんなこんなの経緯があっての主人の行動だったはずだ。

なのに義姉の手紙には

貴方がやおら「遺言」を○さん(義兄)にホイとばかりに差し出しました。

とあった。

私へのお年玉の中身を空にするという意地悪が問題となったことには触れず

いかにも唐突に主人が遺言書を持ち出したように都合よく話しを組み換え、

やおらということにする。

しかし、主人が挨拶をしなかったことにはやたら焦点を当てる。

自分の都合の悪いところはスルーして、

自分に都合の良いところだけを拡大する義姉の遣り方。

そういう遣り方にコロリと誤魔化されたり、気付かない人も多い。

あの日のショック以来、私の心は……中略……一番苦しかった時期に無理やり引き戻されて、今も悶々と暮らして居ます。

あの日のショック以降に話し合いをし、

主人は義姉の持っている遺言書に従うと言い、

私は介護に参加しなかったことについて、畳に頭をつけんばかりに謝罪し、

義兄嫁は(嬉しさから)思わずお仏壇に手を合わせていた。

そして、義兄は私に「○○さん(その場にいなかった義弟嫁)にも謝っといてな」

と、上機嫌で言っていた。

一方、義姉は相続に関する親族の署名捺印を集め始めたのだ。

その流れが全てなかったことになっている。

私が介護に参加しなかったのは、ひとえに義姉を避ける為だったが、

お世話になった義母の介護に参加しなかったことは謝るに値すると思うので、

謝ったことに後悔はない。

しかし、こうもキレイになかったことになるとは驚きだ。

親族関係が、やっと正常な方向に動きかけたその流れがおかしくなったのは、

義姉が主人に署名捺印を求めに来た時、主人がその内容を熟読したり、

その内容をコピーしたりして、義姉が痛く機嫌を損ねたのがきっかけなのだが、

義姉が何ら後ろめたいことをしていないのならば、

主人が内容を熟読したりコピーしたりして内容を正確に把握することは、

後になってゴタゴタするより、義姉にとっても好都合なはずだ。

或いは全く後ろめたいことなどないが、

その主人の態度だけが気に入らないなら、

はっきり「その態度はないだろう❗」と、怒ればいい。

そのことだけを怒ればいい。

何故、何もかもなかったことにして何もかも元に戻すのか?

そう、義姉にはこの争いが必要なのだ。

主人に対する怒りを親族の問題にすり替えて、

その中心に居ることが義姉には必要なのだ。

何か大きな問題に直面している時…顕著なのは地震などの災害に合う…

或いは親族、友人や近隣などの深刻な揉め事など…

そのような何らかの問題に直面し取り組まなければならない時、

人は一番厄介な  問題を直視しなくてすむ。

夫婦関係、親子関係、子どもの問題、

回りとの摩擦が途絶えない己れの考え方や生き方、等々だ。

義姉は、主人を悪者にし、それに翻弄されているという状況ならば、

向き合って考えなくてはならない問題から

目を逸らせることが出来るのではないかと思う。

それから、この手紙の中には義姉の人間性が如実に表われているところがある。

兄弟の中でも生前の母と一番疎遠で、介護に殆ど関わってこなかった貴方夫婦が……

義姉はこの絵に書いたような「嫌味」が言いたくて言いたくて仕方がないのだ。

この文章の後には《…認知症の母をホームから連れ出して遺言書を作るなど

夢にも思っていませんでした》と続くのだが、

認知症の親を無理矢理ホームから連れ出して、

無理矢理遺言書を作るなどということは、

親と疎遠であろうが親密であろうが、

介護をしていようがいなかろうが、酷い行為ではないか。

もちろん主人と私は、義母を無理矢理ホームから連れ出してもいなければ、

無理矢理(遺言書を)作らせてもいない。

自分の知らない間に遺言書が作られたことに抗議したいのであれば、

母と疎遠だの、介護に関わらないなどの嫌みを言わなくても事は足りる。

本人が気付いているかどうかは分からないが、

義姉が一番不満に思っているのはここなのだ。

自分の顔を立てなかった次男夫婦、

自分の指示通りに介護に参加しなかった次男夫婦に腹が立っているのに、

その怒りを抑圧して《自分は立派で優しい人》

という自己評価に拘っているだけだから、

「私は一人娘として当然のことだと思って介護してきました」と言っても、

「貴女は仕事をしているから負担をかけないように思いやってきました」

などと言っても、

義姉の回りには、人を責める雰囲気や、感謝を要求する雰囲気が満ち満ち、

いつも重苦しい空気に包まれているのだ。


《これは2018年10月1日に訂正して再投稿しました。手紙本文そのまま載せていたものを思うところあって削除、説明文で作成し直しました》

〜義姉から主人への手紙〜

20○○年12月31日

いきなりですが、これはこの手紙の冒頭に記されていた日付です。

この手紙はある年の9月に受け取った手紙であるのに、

手紙右上の日付が前年の大晦日だった。

キモい❗日記か❗❗

前年の12月に、この手紙を書いて9ヶ月間温めてきたのか、

よりドラマチックな効果を狙ったのか知らないが、

義姉の執着質な性格がよく分かる。

手紙のスタートは、義母の一人暮らしが困難になってから、

施設に入所し亡くなるまでの10年間、自分がどれほど尽くしてきたかが

綴られていた。

とにかく、自分!自分!自分!の内容だ。

そして次には、四十九日の法要で、主人が義兄から名指しされ

一言挨拶をと振られた時に何も言えなかったことが責められていた。

ここのくだりも全くもって不要だと思う。

ねちねち、ねちねち、主人を責めているだけ。

この件については詳しく過去の記事に書いたが、

今までなにかしら、親族の集まりがある時には、いつも義兄だけが挨拶をし、

主人に挨拶を求めるなど只の一度もなかったのに、

何故か、この日に限って主人に振ってきた。

主人は自営業者で、人前で挨拶をすることなど皆無で苦手、

主人が人前で挨拶するということが苦手極まりないことは、

義兄や義姉はもちろん周知のことである。

それを踏まえて、いきなり挨拶させようとするのは、ほとんどイジメだろう。

身内の法要の席で、ひと言、息子として母を偲ぶ言葉を何故言えないのか、と情けない気持ちでした。

これは手紙の抜粋だが、

このようなことは普通の親戚付き合いをしてきた兄弟に言う台詞だと思う。

一般常識に当てはまるような親戚付き合いなどしていない

不穏な関係であるのに、何故か、一般常識の論理を絡めてくる。

いつもの義姉のやり方だ。

そして、相手のことを「情けない奴」と思っていても、

普通は本人に伝えたりしない。

より関係を良くしていこうという前向きな助言だとするなら、

このタイミングでのこの言い方ではないだろう。

これは只、主人に嫌味を言って不愉快な思いをさせ、溜飲を下げているだけだ。

だから、この手紙のここまでを読んだだけで、

不満を吐き捨てられた不愉快な感情しか残らない。

「この手紙を最後まで読み続けて、何か建設的な前向きな話が出てくるのだろうか?」と、

暗澹たる気持ちになるのである





義姉は店を去る時に、捨て台詞を一つと置き土産を二つ残していったことは既に述べた。

そして前回までの記事に、捨て台詞と、置き土産二つの内の一つについて書いた。

前回までに書いた置き土産の一つとは、介護ノートであった。

主人が義姉の大きなベンツに乗り込んで介護ノートを店に取りに行き、

義姉に返却することになった経緯を書いたが、主人がノートを渡した時、

義姉は「これ、○○さん(私)も読んだの?」と聞いたそうだ。

主人は「読んだんちゃうか」と言って誤魔化したと、笑っていた。

本当は、主人も私も読んでいないのだが。

義姉は《どうしても》介護が大変だったと認めてもらいたいようだ。

それなら「私は当然のことと思って介護していました」と、

一切、物や感謝など要求していない振りをしながら、

苦心して介護ノートを読ませるような回りくどいことをしないで、

「私は介護で大変だった、仕事してるかどうかなんて関係ないわよ、感謝しなさい❗

貴方達夫婦は感謝しないから嫌いなんです❗この介護ノートを読んで、

私がどんなに大変だったか理解しなさい❗」と、素直に言えばよかったのに…。

話しは逸れたが、今から述べるもう一つの置き土産は《手紙》である。

義姉は相続人である姉兄弟4人で《遺産分割協議》なるものを開くと言っており、

主人も当初は参加すると言っていたのだが、義姉の《捨て台詞》から嫌気がさし、

義姉に電話で参加しないことを伝えたところ、

「私、貴方と話してたら落ち込むから、これからは連絡はメールか手紙にしてください」

と言われた。

この会話は、主人が電話をオープンにして、話していたので私も聞いていた。

これは、主人にとって実に有り難い申し出だと思った。

義姉は主人と話して落ち込むらしいが、主人も義姉と会話した後はいつも眠れないようで

深夜に起きてよくお酒を飲んでいた。

義姉のように「私は落ち込んだ」だの「私は傷ついた」だのと騒がないだけで、

主人も十二分に義姉に傷つけられていた。

そして、存分に主人を傷つける行為をしておきながら、

主人が自分を誤解しているふうに他人に伝える。

義母が施設に入る時、自分から義兄嫁などに「絶対にこちらから教えるな」と

口止めしておきながら、私に電話してきた時

「信号が変わりそうだったから慌てて『後で電話してきて』って言ったのを

あの人(主人)誤解してね」などとしゃあしゃあと嘘ついたのは象徴的な出来事だった。

たまたまというか初めて義兄嫁と私が二人で話したので、

主人の言っていることが正しいと分かったが、

いつもなら義兄嫁と私が直接話すことはなかったので、

義姉が優しく主人に接したのに、主人が義姉を誤解した出来事になり、

そして主人は偏った人格認定される。

それが通常の事の流れだ。

主人はその《偏った人格認定》を基本として、

いろいろなことで容易に悪者位置につかされる。

義姉はそのように巧みに論点をすり替える策士だし、主人は稀にみる口下手だから

全ては義姉の思うままに展開されてきた。

なので、冷静にやり取りが出来、尚且つ一度言ったことが後に残るメールや手紙は

主人にとって大変好都合だと私は思ったのだ。

義姉にとっては遣りにくくなると思うのだが、義姉がそこに気付かずに

メールや手紙でやり取りしたいと言い出したのは、

いつも自分に都合良く義兄を持ち上げ、主人を貶めていることに、

義姉は恐らく気づいていないのだろう。

何故なら、それはいつも意図も簡単に都合よく為されていたから。

まぁ、そんなこんな……主人はもう二度と義姉と顔を合わせたくないと考えていたところに、

義姉が感情に任せて、やり取りはメールか手紙しようなどと言い出してくれたものだから、

主人にしてみれば非情に都合よく《遺産分割協議》なるものに行かない口実ができた。

義姉は《遺産分割協議》なるもので主人をやり込めたかっただろうから、

まさかの展開になったと思うが、《遺産分割協議》なるものは開かれず、

ここから私達夫婦は二度と義姉兄弟と直接逢うことはなくなり、

手紙とメールのやり取りが始まるのである。