《これは2018年10月21日に訂正して再投稿しました。手紙本文そのまま載せていたものを思うところあって削除、説明文で作成し直しました》
前回までの記事で紹介した手紙の内容は
四十九日の会食で、義兄から挨拶を振られても、
主人は何も答えることが出来なかった。
そのことを「情けない」と責められたところ……
までであった。
そして四十九日の場面のままなのだが、次のように手紙は続く。
主人が自分の持っている遺言書を持ち出したことに話しは移り、
それがどんなに非常識なことか
……例えば「お店の店員さんもいるところで」みたいなこと……
それで自分がどんなに傷ついたかが綴られていた。
あの会食では、主人も義兄からいきなり「挨拶せよ」と無茶ぶりされたが、
私も義兄からいきなり「現状の親族関係についてどう思う?」と振られた。
義姉、義兄嫁、といるのに、義兄は一番年下の私にまずしゃべらせようとした。
主人は黙して通したが、私ははっきり義姉への不信感を口にした。
特にその時頭に浮かんだ、
ある年のお正月の出来事……
義母からという名目で義姉が皆に配ったお年玉の中身を
私の分だけ空にするという意地悪は非常に不快だったと指摘した。
詳しくは過去の記事に書いたので省くが、
その不愉快な出来事を私が指摘して騒然となり、
結果、成行で主人が遺言書を持ち出したのではなかったか。
まぁ、あのタイミングで遺言書を出すことはあまり頂けなかったが、
主人には、義兄の遣り方も私の反撃もあまりに意外な展開だったと思う。
そんなこんなの経緯があっての主人の行動だったはずだ。
なのに義姉の手紙には
貴方がやおら「遺言」を○さん(義兄)にホイとばかりに差し出しました。
とあった。
私へのお年玉の中身を空にするという意地悪が問題となったことには触れず
いかにも唐突に主人が遺言書を持ち出したように都合よく話しを組み換え、
やおらということにする。
しかし、主人が挨拶をしなかったことにはやたら焦点を当てる。
自分の都合の悪いところはスルーして、
自分に都合の良いところだけを拡大する義姉の遣り方。
そういう遣り方にコロリと誤魔化されたり、気付かない人も多い。
あの日のショック以来、私の心は……中略……一番苦しかった時期に無理やり引き戻されて、今も悶々と暮らして居ます。
あの日のショック以降に話し合いをし、
主人は義姉の持っている遺言書に従うと言い、
私は介護に参加しなかったことについて、畳に頭をつけんばかりに謝罪し、
義兄嫁は(嬉しさから)思わずお仏壇に手を合わせていた。
そして、義兄は私に「○○さん(その場にいなかった義弟嫁)にも謝っといてな」
と、上機嫌で言っていた。
一方、義姉は相続に関する親族の署名捺印を集め始めたのだ。
その流れが全てなかったことになっている。
私が介護に参加しなかったのは、ひとえに義姉を避ける為だったが、
お世話になった義母の介護に参加しなかったことは謝るに値すると思うので、
謝ったことに後悔はない。
しかし、こうもキレイになかったことになるとは驚きだ。
親族関係が、やっと正常な方向に動きかけたその流れがおかしくなったのは、
義姉が主人に署名捺印を求めに来た時、主人がその内容を熟読したり、
その内容をコピーしたりして、義姉が痛く機嫌を損ねたのがきっかけなのだが、
義姉が何ら後ろめたいことをしていないのならば、
主人が内容を熟読したりコピーしたりして内容を正確に把握することは、
後になってゴタゴタするより、義姉にとっても好都合なはずだ。
或いは全く後ろめたいことなどないが、
その主人の態度だけが気に入らないなら、
はっきり「その態度はないだろう❗」と、怒ればいい。
そのことだけを怒ればいい。
何故、何もかもなかったことにして何もかも元に戻すのか?
そう、義姉にはこの争いが必要なのだ。
主人に対する怒りを親族の問題にすり替えて、
その中心に居ることが義姉には必要なのだ。
何か大きな問題に直面している時…顕著なのは地震などの災害に合う…
或いは親族、友人や近隣などの深刻な揉め事など…
そのような何らかの問題に直面し取り組まなければならない時、
人は一番厄介な 問題を直視しなくてすむ。
夫婦関係、親子関係、子どもの問題、
回りとの摩擦が途絶えない己れの考え方や生き方、等々だ。
義姉は、主人を悪者にし、それに翻弄されているという状況ならば、
向き合って考えなくてはならない問題から
目を逸らせることが出来るのではないかと思う。
それから、この手紙の中には義姉の人間性が如実に表われているところがある。
兄弟の中でも生前の母と一番疎遠で、介護に殆ど関わってこなかった貴方夫婦が……
義姉はこの絵に書いたような「嫌味」が言いたくて言いたくて仕方がないのだ。
この文章の後には《…認知症の母をホームから連れ出して遺言書を作るなど
夢にも思っていませんでした》と続くのだが、
認知症の親を無理矢理ホームから連れ出して、
無理矢理遺言書を作るなどということは、
親と疎遠であろうが親密であろうが、
介護をしていようがいなかろうが、酷い行為ではないか。
もちろん主人と私は、義母を無理矢理ホームから連れ出してもいなければ、
無理矢理(遺言書を)作らせてもいない。
自分の知らない間に遺言書が作られたことに抗議したいのであれば、
母と疎遠だの、介護に関わらないなどの嫌みを言わなくても事は足りる。
本人が気付いているかどうかは分からないが、
義姉が一番不満に思っているのはここなのだ。
自分の顔を立てなかった次男夫婦、
自分の指示通りに介護に参加しなかった次男夫婦に腹が立っているのに、
その怒りを抑圧して《自分は立派で優しい人》
という自己評価に拘っているだけだから、
「私は一人娘として当然のことだと思って介護してきました」と言っても、
「貴女は仕事をしているから負担をかけないように思いやってきました」
などと言っても、
義姉の回りには、人を責める雰囲気や、感謝を要求する雰囲気が満ち満ち、
いつも重苦しい空気に包まれているのだ。