義家族と絶縁するまで -37ページ目

義家族と絶縁するまで

遺産相続で主人の姉兄弟達と絶縁。。
結婚から30年足らず。
その経緯を綴り、自分の記録としたい。

さて、親族会議の後、私達夫婦を含めた義姉兄弟が交代で

週末に義母を施設から何処かへ

気晴らしに連れ出してあげる、というローテーションが始まった。

このローテーションが始まって、まず思ったことは

主人にとって本当に良かったな、ということだ。

義母と疎遠にしていた一番の理由は、

底意地が悪く距離を置きたい義姉が、義母に密着していたことと、

何だかんだと不平を言いながらも

義姉に「NO」が言えない義母への不信感だったが、私としては

実の母と息子(義母と主人)が疎遠にしていることに対して悲しい気持ちがあった。

しかし、このローテーションのお陰で、主人は甲斐甲斐しく義母の車椅子を押し、

トイレに行く時にも手をかし、施設に1日に何度も訪ねて顔を見に行った。

義母が生きているうちに、そんな時間が持てて本当に良かったと思ったのだ。

それと共に、奇妙な違和感もあった。

今まで、義母の人暮らしを支えるのが大変だの、

施設を探すのに本当に骨が折れただのと言いながら、

義母のお世話をしている大変な自分達
vs
何にもしないダメな次男夫婦(私達夫婦)

の構図を絶対に崩さなかった義姉が、

何故、今回は私達を入れるのか?!

これが、私達夫婦にとって気持ち悪い違和感の原因だ。

これは又、後々になって分かるのだが、

この前に、義姉には主人を義母に近づけてもよい準備が出来たのだ。

とにかく、私達夫婦は、私達が義母のお世話の番の時には、

義母にとって馴染みのある隣県の繁華街へドライプし、

車椅子が快適なホテルのランチに行ったり、

公園に花を見に行ったりしたが、

1回目は、我が家に連れて帰り、義母の好きなお店の懐石弁当を準備した。

この時から、義母の告白が始まった。

とにかく、お金を全て義姉に取り上げられ(←これは取り上げられたという

表現で間違いないと思う。兄弟に金額も告げず自分で抱え込んだのだから)、

義母自身が自分でお金を遣うことが出来なくなった悔しさから

《お金》にまつわることが多かった。


親族会議の内容で思い出したことがある。

ひとしきり義兄が説明したのだが、

その中には自分の妻と義母が不仲であったことが盛り込まれており、

それに対して義姉が、

「でも、○○ちゃん(義兄嫁)がいなかったら私はここまで出来なかったわぁ」

とすかさず言うなど、芝居がかった一幕もあった。

そして、施設に入った義母から義兄夫婦は

「そこまで言うか」と辟易するような暴言を吐かれ、

義姉はさらに大変な思いをしているので、

兄弟で助け合おうという説明だったのだが、

その後、義兄がおもむろに「○○さん(私の名)、どう思う?」と聞いてきた。

えっ!?私っ?!

主人を通り越して何故、私の意見を?

それに女性陣の中で私が一番年下なのに何故、私に?

それは、簡単なことだ。予め、義兄と義姉は打ち合わせしてあるので、

是非とも私にしゃべらせよう、ということになっていたのだろう。

この時★全員が初めて★義兄の説明を聞き、皆に意見を求めたのなら、

まず始めに義姉の意見を聞くだろう。そして実の兄弟に意見を求めるだろう。

義姉の心情をはからずに、義兄が物事を進めるなど、ただの一度もみたことない。

義姉より私の気持ちを先に聞くってあり得ないことだ。

義姉とは打ち合わせ済みなので私に意見を求めているのだ。

しかし、このような違和感は後になって気付いたもので、

その時は、突然意見を求められたので慌てて答えたものだ。

「私は一番年下なので、まずお義姉さん方の意見を聞きたいです」と、

何故。落ち着いて言えなかったのか…今になって思う。

私が答えたことを一言一句まで覚えている訳ではないが、

確かに言った、と覚えていることは

…私は嫁いできてから、お母さんから一度もキツいことを言われたり、

されたりしことはなく、一方的にお世話になった。

週末に姉兄弟が交代でお義母さんをお世話することに全く異存はない…

ということだ。

この親族会議は和室にバラバラっと座って話していたのだが、

私が自分の意見を言った後の義姉の反応がおかしかった。

私から少し距離のある正面に座っていた義姉は、不愉快そうに、

眉間にこれ以上は寄せられないというくらいに皺を寄せて横を向いた。

皆で義母の悪口を言えば私も調子にのって義母の悪口を言うとでも思ったのか?

私がお義母さんと距離をとっていたのは、

お義姉さん、貴女がお義母さんに密着していたからです。

底意地の悪い

貴女が嫌いだからです。



この親族会議で、義母が施設に入った経緯を知り、

(あくまで、義兄&義姉の主張する経緯だが…)

義母が《痴呆》だと知らされ、

(これも、私達夫婦にはそうは見えなかったので、義姉の主張するところだ…)

初めて尽くしだったのだが、もう一つ、私達夫婦が初めて強く意識したことがある。

それは《義母のお金》だ。

無縁だった義母のお金を意識したのは、その時が初めてだ。

その親族会議中に、義姉が唐突に義母のお金の話しをしたからだ。

お金の話しというのは、義母がお金を預けている○○信託に、

利子だか何だかよく覚えていないが、確か20万というお金が発生し、

○○信託の担当者の方が義姉に

「娘さん(義姉)よくお母さんのお世話してはるねんから貰いはったら宜しいねん」

と言ったと説明する義姉。

そして「そんなこと(担当者が)言いはるから、

お母さん(義母)私が使ったと思ってはるねん。私ら自分のお金を持ち出しこそすれ、

お母さんのお金なんか1円も使ったことないよね!」

と義兄嫁に向かって言う。

何で、必死?

墓穴を掘る、とはこのことだ。

この時には私達夫婦には漠然とした不自然さとしてしか認識できなかったが、

義姉はこの後数年ずっと、お金の話しになると目が泳ぎ、そわそわ早口に、

取りあえず自分に都合の良い論理だけを言って済まそうとするのだ。

介護がどんなに大変だったか、私達にどれだけ嫌な思いをさせられたかを

語る時の粘着質な話し方との対比で、

今後それはあまりにも分かりやすくなるのだが、

この日は「というだけだった。

私達夫婦にとっては初めて意識した義母のお金だが、

少なくとも義姉と義兄夫婦とは、以前から意識していたいうことだ。

義姉は最後まで義母のお金に対して自分が潔白だということを

主人な対して認めさせようとしてヒステリックになるが、

この時点で預かったお金を全てオープンにし、

最後にも、オープンにして出金の詳細を明らかにすれば、

何にも必死になって言い訳しなくて良かったのだ。

残念な人!

そして、週末に兄弟交代で義母を面倒みることになり、

事態は泥々していく。