義家族と絶縁するまで -38ページ目

義家族と絶縁するまで

遺産相続で主人の姉兄弟達と絶縁。。
結婚から30年足らず。
その経緯を綴り、自分の記録としたい。

親族会議の内容はまず、義母を施設に入れることになった報告からだった。

とにかく、私達夫婦はこの時初めて、義母を施設に入れることを知ったのだ。

私はともかく、主人には気の毒な話しだ。

義母を施設に入れる第一の理由は、
義母が《痴呆》になったから!

《痴呆》という言葉も、私達夫婦はこの時初めて聞いたものだ。

認知症なのだが、義姉が《痴呆》という言葉を使ったので、より衝撃的だった。

主人は「えっ、おばあちゃん(義母のこと)が痴呆?!」

私も「えっ、お義母さん痴呆なんですか?!」

私達夫婦は率直にそんな反応だった。

義姉が、

「あんなに大変だったのに《おばあちゃんが痴呆?!》って呑気なこと言ってる人が居るなんて信じられないわっ」

と言った。

《おばあちゃんが痴呆?!》のところはこの上なく嫌みな主人の物真似だ。

義姉の得意技。

そういう義姉の嫌みや当て擦りの一言一言は主人に重くのしかかる。

義姉という人は、誰それの言葉に自分は傷付いた、

というような事を四六時中言ってるような人だ。

確かに、実は成熟できていないのに立派な人格に見せようと生きている、

典型的な大人子どもなので、傷付き易い人だ。

自分、自分、自分、子どものように私は傷付いた傷付いたと言っている。

しかし、人の気持ちには無頓着極まりない。

自分の言動がどれだけ主人を傷つけているか全く自覚していない。

主人はそれを、他の兄弟達に「義姉の言動に傷付いた!」などと言いふらし、

ストレス解消するようなことはしない。
私達家族にも泣き言は言わない。

しかし、義姉から暴言を吐かれた日に夜中に目を覚まして、

お酒を飲んでいる姿は何度も見た。

話が横道に逸れたが、

とにかく、一人暮らしの義母を支えていくに大変な経緯があり、

やむ無く、施設に入れる運びとなったそうだ。

義兄の説明によると、施設に入れられた義母の抵抗は想像していた以上に凄まじく、

自分達夫婦も「そこまで言うか…」と思うようなことを言われているが、

義姉が特に大変な思いをしているので、兄弟で助け合おう、

ということになったそうだ。

そして長男嫁である自分の妻ではなく、嫁いだ義姉が主として義母に関わるのは、

自分の妻は義母と反りが合わず、上手く対応できないので義姉が関わっている、

と説明した。

その間、言葉も挟まず、じっと義兄の説明が終わるのを待つ義姉。

そして、義兄の説明が終わるとおもむろに

「でも○○ちゃん(義兄嫁)が居てくれて助かったわ~○○ちゃんが居なかったらここまでできなかったわ~」

と、言う義姉。

出来レース!!

こういう話し合いの時いつも感じることだが、今初めて皆が集まって、

これについてどう思う?という率直な話し合いをするのではなく、

事前に私達夫婦だけ除いたメンバーで打ち合わせがなされ、

そこに私達夫婦が放り込まれているのだ。

とにかく、私達夫婦にとっては気持ちのよくない雰囲気で親族会議は続く。

義母が施設に入った。

もちろん、施設に入れるかどうかという相談などはなく、義姉が決めたのだ。

義兄と相談したのかも知れないが、まあ形だけだろう。

男兄弟が3人いようとも、嫁に出た義姉に決定権があるのだ。

義姉には未成熟な人の特徴の一つでもある支配欲があり、

誰もそれに逆らわない。

長男も義姉夫も!

この二人は特に逆らわない。

そして……

義母が施設に入居するに際して、親族会議の召集があった。

以前、義母が元気な頃にもこのような召集があった。

過去記事にも載せたが、前回は義母と4人姉兄弟に、

オプザーバーとして義姉夫が入った6人での話し合いで、

早い話し、嫁達を除外したメンバーだ。

もっと端的に言うならば、私を除外する苦肉の策だった。

家業を継ぎたければ、の親の持ち家であり、私達家族が住んでいる家を売って、

自分達に支払いをするよう要求してきた話しの内容から明らかだ。

今回の親族会議は嫁達も含めた8人参加で、

会議の内容は施設に入った義母への対応についてだった。

ここから、大きく姉兄弟の関係は動くことになる。

特に義姉と私の主人は、今までの確執を抱えた仲の良くない姉弟という関係に

明らかに亀裂が入る。

そして絶縁へと加速していく。
私達の長女が大学に合格した、その年、義母がある外科医院に入院した。

原因は歩行が困難になったということだった。

私達夫婦は義姉と距離をとる為、ハッキリ言うならば避ける為に、

義家族全員から距離をとっていた。

それは義母も例外ではなかった。義母には義姉が密着していたからだ。

義母が入院する前、自宅で療養していた時に、

義母の腹違いの妹さんである叔母さんが、

義母をお見舞いした後、主人の店を訪ねてくれた。

義母と叔母さんの姉妹も、特に仲良く二人で出掛けたり、

或いはお互いの子ども達が従姉弟どうし仲良く付き合うような仲ではなく、

義理だけは通しているような、淡白な間柄だった。

でも、叔母さんは義母のように気取ったところがなく気さくな人で、

私は好きだった。

(あっ、私は義母も好きだった。未成熟な人であったが。)

私は、その時主人の店に居なかったので、直接話していないが、

叔母さんは主人に「姉ちゃん(義母)もあんなに娘とべったりしてたらアカンな」と

言ったそうだ。

どうやら義母は、叔母さんに娘(義姉)のことを愚痴ってもいたようだ。

それで、叔母さんは娘に依存している義母も悪い、と言ったのだ。

叔母さん、二人は共依存だから無理です!

叔母さんの話題で、私が嫁いだばかりの頃のことを思いだした。

叔母さんは、私のことを気に入ってくださり、

夫を早く亡くして気楽な身分だから、いつでも遊びに来て、と言ってくださった。

連絡くれたら、お肉でも買っとくから《すき焼き》でもしよう、と。

それは、まさしく私が実家で経験してきた親戚付き合いだ。

しかし、義母はもちろん、義家族は私の主人も含めて、

そういう親戚付き合いをする気はさらさら無い人達だった。

なので、叔母さんと私の《すき焼き》は実現していない。

叔母さんが義母をお見舞いしてくれた頃、

主人も私も義母から距離を置いていたので知らなかったが、

義母のお金を義姉が管理するようになっていたようだ。

それで義母は、義姉に不満を抱き、形を変えた愚痴になり、

叔母さんにこぼしたのだろう。

入院した外科医院から、義母は施設に入ることになる。