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義家族と絶縁するまで

遺産相続で主人の姉兄弟達と絶縁。。
結婚から30年足らず。
その経緯を綴り、自分の記録としたい。

義母の告白でも《義兄》に関しては、呆れたり驚いたりしたものの、

義母の義兄への憎しみにも似た感情を目の当たりにし、

逆に義兄に対して同情さえ感じたこともあった。

しかし、これは私の気持ちであって、主人にはそんな気持ちは全くなく、

それまでも軽蔑していた義兄への気持ちが強化されたようだった。

それでも、主人にとっても《義兄》の件に関しては、

どこかに<他人事>のようなところがあったと思う。

しかし、《義兄》のことと並行して聞かされた《義姉》の件に関する義母の告白は

主人を大きく動揺させた。

まず、義母は…

「店が貴方(義母の次男、私の主人)の名義になっていないのが気になる」と、

話し出した。

《店》というのは、義父亡き後、義母が営んでいた家業であり、

その後、義母から主人が借りて<家賃>を払うという形で受け継いだ店舗だ。

この件に関しては、以前の記事に何度か載せたことがあるが、

義母が元気な頃に、義母から私達家族に同居しないかと提案されたことがあった。

その詳しい経緯も以前の記事にあげたが、長くなるのでここでは省くが、

とにかく、義姉が「お母さんの面倒は一生、私がみます」と義母を説得し、

義母と私達家族の同居の話しはなくなった。

その代わりに、主人は他の義姉兄弟(主人にとっては実の姉兄弟)から、

家業を継ぎたければ、私の実家の持ち家であり、私達の住まいである家を売って

自分達にお金を支払って継げばどうか、という提案をされた。

それは、こちらがお断りしたので、主人が家業を継ぐという話しもなくなった。

それから何年過ぎたか覚えていないが、私達が住む地域を

日本中を震撼とさせる未曾有の大震災が襲い、義母宅は全壊した。

そして、新しい店舗となるのを機に、義母が高齢になっていたということもあり、

義母に家賃を支払うという形で店舗を借りて主人が家業を継いだ。

この時、義母の住まいと店舗は別々で、義母は一人住まいであった。

説明が長くなったが、義母が「店が貴方(主人)の名義になっていない…」

と言った<店>とはこの店舗のことである。

義母は、○○信託のPさんに、店の名義を主人にする旨の遺言書を依頼したが、

義姉に止められた、と言う。

《遺言書》という言葉も衝撃的だし、

義母がしようとしたことを義姉が止めたということも、

(嫌われているというのは義姉の言動からよく分かってはいたが…)

そこまでやるかな、と驚いた。

そして、内容が衝撃的であるだけに、この頃常に義姉が

「おばあちゃんが痴呆、おばあちゃんが痴呆」と口にしていたこともあり、

義母の言っていることが本当なのかどうかの確信が持てなかった。

そこで、主人は《○○信託のPさん》なる人に連絡をとり、

事情を聞くこととなった。



以前の記事にも載せたことがある。
それは…

義母が施設に入ってから、

義姉が「おばあちゃん(義姉の実母、私の義母)が痴呆で…」

「おばあちゃんの痴呆が…」「おばあちゃんは痴呆だから…」

と《義母が痴呆》のキーワードをやたらと口にし、

それは身内の前だけにも留まらないので、非常に違和感を感じた…

という内容だった。

そしてそれは、その当時だけではなく、義母が亡くたった後も、

「おばあちゃんが痴呆になる前、おばあちゃんが痴呆になった後」と言い続けた。

義母が痴呆になった後…というのは、

施設に入った義母を《主人を含めた》姉兄弟で施設から連れ出してあげるという

ローテーションが始まった時だ。

それまでは「介護が大変大変!」と言いながら、

《介護をしている自分達》と《介護をしない次男夫婦》

という一線を画していた義姉が、

突然に私達夫婦をローテーションに入れたものだから、

私達夫婦は気持ち的には何となくとまどったものだ。

話しを元に戻すと、義姉が言いたいのは、

私達夫婦を介護に加わえていない時の義母は痴呆になる前の正常な義母、

私達夫婦を介護のローテーションに加えた後は痴呆になった義母、

ということだ。

私達夫婦をローテーションに加えてからの義母は認知症と認定されており、

義母の言うことは信憑性のないもの。

私達夫婦を加える前の義母は正常な義母という訳だ。

私達が義母からいろいろと聞かされることになった時は

「おばあちゃんは認知症になった後」と、義姉は言いたい訳だが、

義母が、義兄がマンションを買う時に資金援助したこと、

義母が話した義兄長男が大学を退学になった理由、

義母が、義兄長男の借金を肩代わりしたこと、

それらがみんな、認知症になった義母の戯言というのなら、

何と、良くできた戯言だろうか?

義姉が「貴方達が聞いたのは認知症になった母が言ったことだから」

すべて出鱈目だと納得させようというのは無理な話だ。

でも、義母の言うことはすべて《おかしい》ことにしなければならない訳が

義姉にはあったのだ。

そして、義兄の場合と同じく、

義母は義姉を心から愛し信頼していた訳ではないので、

元気な頃には私達夫婦には隠していた、

自分と義姉との関わりや、義姉がしたことを

怒りに任せてこと細かく話し出した。
義兄に関しての義母の告白には、過去のことではなく、

その時点での<現在>に近いものもあった。

それは、

義兄が「離婚する!」と泣いて言ったとか…

義兄嫁の実家のお母さんも登場して「あれはもうあかんな…」

と言っていたとかいうものだ。

<あれ>が義兄を指すのか、義兄夫婦の関係を指すのかは分からない。

まぁ、夫婦喧嘩なんてどこにもあることだが、

もちろん、このような出来事があったことを義兄や義姉はおくびにも出さない。

この頃、私は義母からよく「貴女に欲がないことは分かってる」と言われた。

確かに、私は義母の何かを貰おうという発想はなかった。

義母に出来るだけすりよって、得をしようとも思ったことはなかった。

義母に一番影響力のある義姉に気に入られれば《何かと得》をするという雰囲気は

元々あったが、そんなことはお金を払ってもご免被る。

だから、自分で言うのも説得力に欠けるが、

義母が私を《欲がない》と思っていたのは当たっていたと思う。

実際、義母は美術品や宝石類を持っていたが、

義母が亡くなった後、そのような遺品は何一つ貰っていない。

遺品整理にも呼ばれていない。

義姉という人はそういうところは徹底しているのだ。

気に入った人だけに独裁的な恩恵を与える。

それは只単に独善的なものだが、

ちゃんと自分を正当化する為にこじつけた理由も考えているだろう。

まぁ、そんなこともあったのだが、

義姉を避けることが、義姉が密着している義母を避けることになり、

義母と私達夫婦には距離があった。

それが、たまたま吉となったということが、

義母が私を<欲がない>と判断する一番大きな理由だろう…と思う。

何故なら、義母や義姉のように成熟出来ていないのに

他人に人格者と見せて生きている人は、他人と親密になることが、難しいからだ。

親密になった人には必ず憎しみの気持ちがわく。

未成熟なのに、自分は成熟していると思っている人に特徴的な両価的な感情だ。

…☆……☆……☆…

貴女は人格者なのだから少々のことは大丈夫でしょう…

と接すると、彼女達の深いところにある子ども(未成熟)が傷付く。

義姉ならば、

「私は傷付いた、思い遣りの言葉を貰っていない、感謝を示してもらっていない、

謝ってもらっていない」などと、騒ぐ。

義母ならば、

傷付いた心を抱えながら、機会を見つけて遠回しな批判をする。


同等の人間同士として、付き合おうとすると、

彼女達の中にある虚栄心が傷付く。

義姉ならば、

立派な家を建て、外車に乗り、自分は高卒だが大学に行けた能力があるということを

認めさせる為に、底知れぬ神経を使い、自分は特別だと振る舞う。

義母はいつも何気ない風な言葉を装いながら自分を正当化する。

でも、そこには傷付いた心と自分はもっと価値があるんだという悔しい気持ちを

解消出来ずにいる。

…☆……☆……☆…

義母は元気な時には、義姉のようにヒステリックに感情を爆発させるということが

出来ない人だったから、内側に溜めた不満や怒りは計り知れなかっただろう。

だから、無意識にあった不満、怒りが爆発したように噴出した。