義家族と絶縁するまで -28ページ目

義家族と絶縁するまで

遺産相続で主人の姉兄弟達と絶縁。。
結婚から30年足らず。
その経緯を綴り、自分の記録としたい。

《義母が入所してから~わが家①》で、書いたように、

義母が入所した時点ではピンピン元気にゲートボールに勤しんでいた実父が、

義母の入所後に、癌であることが分かり、1年の闘病の末亡くなった。

義母より約一回り年下の実父が先に亡くなり、人生って分からないものだな、

と思ったものだ。

当然のことだが、実父のお通夜、葬儀は義母の入所中であった。

そのお通夜、葬儀の時、義姉夫婦は海外旅行中であった。

以前から、海外旅行には度々出掛けていたので何ら不思議はない。

過去の記事にも載せたことがあるが、

「一生懸命介護して、いっぱいいっぱいになって、

ちょっと出掛けてきたら、リフレッシュして又、頑張れんねんなぁ、私。」

と、わざわざ私達夫婦の前で義姉が義兄嫁に同意を求めたことがあり、

自分の行動に自信の持てない幼稚な人だな、と思ったこともある。

なので、実父のお通夜、葬儀に義姉夫婦がたまたま海外旅行中であっても、

何ら不思議ではないし、問題もないのである。

しかし、代理で参列してくれた義姉の長女が

「両親は父の定年退職のお祝いで旅行に行っていますので、代理で来ました」と、

わざわざ説明してくれた。

いやいや、普段から行ってはりますやん❗

まぁ、別に説明してくれてもいいが、してくれなくてもいい。

そして、海外旅行から帰国した義姉は私の実家に電話をしてきて、

海外旅行でお通夜、葬儀に参列できなかったので家までお参りに行きたいと、言ってきた。

私の実母は父の生前には、よく私に実父の愚痴を言ったりしていたが、

1年間、看病して実父が亡くなり、葬儀が終わった後には本当に落ち込んでいた。

ごく親しい身内だけが母を訪ねている状況だったので、実母は義姉に、

もしお参りしてくださるならば、四十九日の法要に来てくださいと、伝えた。

この一件で思い出したことがある。遠い昔、私が義実家に嫁いだばかりの頃のことだ。

義実家の隣は義父のお兄さん、つまり主人から見れば、伯父さん一家が住んでおられた。

私が嫁いですぐの頃、その伯父さんが亡くなり、

お通夜やご葬儀に参列したのだが、ご葬儀の時、義母は遅れてギリギリに到着し、

親族の席ではなく、一般焼香をした。

何故か、帰りのタクシーに義父と義母と私達夫婦が乗り合わせたのだが、

流石に義父が声を荒げて「なんで、一般焼香て不細工なことするねん!」と怒った。

義母は平然と「あそこの家は⚪⚪が亡くなった時、参列されしまへんでしたで。

もし、知らんかったとしても、後日お参りしたいとか、

お香典渡したいとも、言うてきはりませんでしたで!

と、やり返した。

⚪⚪というのは、義母の腹違いの妹のご主人だ。

つまり、義母の身内が亡くなった時、

お隣の伯父さんのお宅からお参りやお香典がなかったのだろう。

それが何年前か分からないが、義母は根に持っているのだ。

その時に「隣のやり方、おかしい!」と夫に抗議して喧嘩して何らかの結論を見いだす、

ということをしていない。

だから、悶々と怒りを保持して《水に流す》ということがなかったのだ。

義母の生きざまに話しが逸れると、又、延々と続いてしまうので、

話しを元に戻すと…今、言いたかったのは、

義母の「もし、知らんかったとしても、後日お参りしたいとか、お香典渡したいとも、

言うてきはりませんでしたで!」の、考え方だ。

義母にとっては、亡くなられたことを知らなかったり、ご葬儀に参列できなかったなら、

後日、お参りしたい、と申し出るのが規範なのだ。

スマートな対応とでもいうのか。

実父が亡くなった時の、姉の行動はまさしく、この義母のスマートな対応だ。

これが義母や義姉の…はっきり言わせてもらえば病んだ人のステイタスだ。

私の実家と義姉とは、日頃の付き合いは全くなかった。

実父と義姉には何の繋がりもなかった。

亡くなったことを知って、家にお参りに行きたいと申し出るような親しい間柄ではないのだ。

健全な人の特徴の一つに、人間付き合いの距離感が分かっている、ということがあると思う。

本気で悩みを相談する人、挨拶だけする人、どこまで踏み込んでいいのか、

どこで引くべきか、ちゃんと分かっている。

それほど親しくないのに、いきなり重い相談事を言ってくるような人や、

こちらの事情に踏み込んでくるような人に、誰しも一度くらい逢ったことがあるだろう。

そんな時、健全な人は戸惑うものだが、

自分の葛藤にいっぱいいっぱいで回りも自分も見えていないような人は、

それを、自分を信用してくれている、というように解釈して喜んだりする。

えこひいきする人と、えこひいきされて嬉しい人》や、

詐欺師と、騙される人》などの図式と同じだ。

共依存であり、必ず破綻する関係。

義姉も、幼稚なのに自分は人格者と思って生きている人だから、

人間の距離感がわからないのだろう。

海外旅行に出掛けておりましたので、お宅にお参りに行かせて頂きたいのですが」と、

規範意識を満足させるスマートな対応をしたつもりなのだろうが、

普段全く付き合いのない人からそのように言われて、

夫を亡くして落ち込んでいる実母が、どれほど戸惑ったか、全く分かっていないのだ。

亡くなった人の葬儀に参列できず、慌てて駆けつけ、

遺族と悲しみを共有出来る間柄か、家族の誰かが代理で参列すれば済む間柄か、

それは、人間関係の距離感だろう。

参列出来なければ、どんな間柄であろうと、

後日「お参りさせて頂きたい」と申し出るのは規範意識だろう。

人間の距離感が分からず、規範意識ばかり極端に高いのが義姉だ。

義母の生き方を受け継いだのだろう。

実父の四十九日に、義姉兄弟は皆夫婦で参列してくれた。

お礼を言った私に、義姉は「お家にお参りさせてくださいって電話したんだけどね、

今日、来てくださいって言われました」と、

これ以上眉間に皺は寄せれないというくらい不機嫌な顔で言い放った。

この前の記事に載せたとおり、

主人は《義母に、施設から引き取ると話した》一件を、

義姉から鬼のような顔で罵倒されてから、一切、施設に義母を訪ねなくなった。

義母が体調悪くなって、施設から病院に一時入院した時や、

これからの記事に載せることになるが、施設を移転した時など、

そんな数える程の、特別な事情の時だけ義母を見舞った。

理由は、顔を合わせば何かしら文句をつけ絡んでくる義姉と顔を会わせたくないからだ。

私も義姉から数々の当て擦り・嫌みを言われていたし、

何もかもキーパーソンの自分をとおせ、という主張に納得いかないので、

一切、私から義姉に連絡をとることもなかった。

一方、義兄嫁には「私に出来ることがあれば言ってください」と言い続けていた。

しかし、義兄嫁は全面的に義姉に逆らわず、私に一切、アクションを起こさなかった。

そんなことで、私は、訪ねて何か用事が出来る訳ではないが、

自分の都合の良い時に、施設に義母を訪ねて、顔を見て話しをして帰った。

1ヶ月に1回、訪ねたいと思っていたが、

どうしても、もう少し間が空いてしまうこともあった。

又、1ヶ月に2度ほど訪ねることが出来る月もあった。

義母は入所した頃には、義姉と義兄夫婦への怒りがおさえられず、

お元気な頃には、絶対に嫁の私には言わなかったような、

義兄や義姉、その家族に対する不満を延々と語り、

主人には「このままではあんた(主人)が損する」と、遺言書まで作成してくれたのだが、

遺言書が完成した頃から大人しくなり、2年3年と経つうちに、

本当にいろいろなことが、認識できなくなっていった。

訪ねた時の義母の様子を主人には話していたが、

主人は、私に義母を訪ねるように言ったことは一度もなかった。

訪ねて行った時に義姉に逢ったら嫌やろ?と言ってくれていた。

そんな頃、用件は忘れたが、義姉から主人に電話が掛かってきたことがあった。

たまたま主人が居なかったので、伝言を聞いたと思うが内容は忘れてしまった。

但し、その時に私に対して言ったことを覚えている。

「貴女(私のこと)が、一月に1回か、一月半に1回、

母(義母)を訪ねてくれてはることは、施設の人から報告を受けて分かってますけ

只、行くだけなら意味ありませんから❗


キモイ!!

気持ち悪い❗って、本当に思った。ある意味、ストーカーではないのか?

このことを娘に話した時、第一声は「恐っ!」だった。

確かに恐い!

介護をしない貴方達」と、形容詞付きで呼び、充分侮辱しているのだから、

只、訪ねることくらい放っておいてくれてもいいのでは?

そこまで、只、義母を訪ねるだけでも自分を通さないと気がすまないって、

義姉には本当に呆れ果て、気持ち悪さもあり、私自身も義母の施設から足が遠退いた。

嫌悪感に加えて、気持ち悪さや恐さも感じていたが、

あの頃の義姉の支配欲は病気の範疇に入っていたと思う。

明らかに、ノイローゼ気味だった。

人間、そのままの自分を生きているならノイローゼになることはないだろう。

私たち夫婦に当て擦りのように「長男夫婦は人一倍長男としての自覚がある立派な夫婦」

と必死に言っているのが本当の気持ちなら、何故、他所に嫁いだ自分ではなく、

義兄夫婦に義母のお金を全て預けて、自分は気楽な立場にならないのか。

それでも、義兄嫁に負担がかからないよう、共に介護に携わることは難しくないだろう。

義姉自身がいつも、自分で言ってるような優しい人柄なのであれば。

親が年老いた時、お嫁さんではなく、実の娘が親のお金の管理をする、

そういうことは珍しくないかも知れない。それならば、そのように言えばいいのだ。

「やはり、お嫁さんは信用できないので私が管理します」と。

もしくは、何も言わなければいい。

主人を見下す手段に、必死で義兄を持ち上げるが、

行動はとても義兄夫婦を信用しているようには見えない。

必死で《義母のお金》を抱え込んでいる。何故、義兄に預けない?

実際の行動と、必死で主張して見せたい自分とが違い過ぎる❗

「⚪⚪ちゃん(義兄嫁)、私らおばあちゃん(義母)のお金なんか1円も使ったことないよね」

と、誰も聞いてないのに、必死で主張するなら、

義母のお金を預かった時と、義母が亡くなった時に収支を出せばよい。

それは、最後の最後まで、絶対にできないことだった。

それなら、自分が潔白であるかのような言動をしなければいいのだ。

実際の行動と、必死で主張して見せたい自分とが違い過ぎる❗

人は、本当の自分と違う自分に見せようとする時、消耗するのではないだろうか。

嘘を、ついているのに、正直なふりをしていれば、

嘘がバレないかと、気が気でないに違いない。













義姉を中心として、義兄弟たちは連絡を取り合いながら、義母の施設を訪ねていたようだ。

主人は、義母を引き取るという件を、義姉に鬼のような顔で罵倒されてから、

一切、義母に逢いにいかなくなっていた。

私は、義姉から数々の嫌がらせもされていたし、

顔を会わせば、当て擦り・嫌みを言われていたので、

意地でも自分から義姉に連絡をとることはしなかった。

しかし、義兄嫁には顔を合わす度に「私に出来ることがあれば言ってください」と伝えた。

義母が入所している時期に、近所のデパートや専門店の入っている駅構内で、

義兄の長女に出逢ったことがあり、彼女の方から「⚪⚪(私)さん!」と、

声をかけてくれたことがあった。その時にも、彼女の母親である、

「⚪⚪お姉さん(義兄嫁)に、何か手伝えることがあれば言ってくださいって言ってね」

と伝えたことをハッキリ覚えている。

しかし一切、義兄嫁から私に何か仕事を言いつけてくれることはなかった。

これは、義母が入所する20年も前…義母が一人暮らしを始めた時から、

義兄嫁に言い続けていることだ。

しかし、一切、何かリアクションをおこしてくれたことはなかった。

それを知ってか知らずか、義姉はことあるごとに、義母のことに関しては

自分に連絡してくるように、言い続けていた。

自分は《義母の介護のキーパーソン》なのだそう。

本当に優しい訳ではないのに優しいふりをしている人、

本当に筋の通った正直な生き方をしている訳ではないのに正直なふりをしている人、

いわゆる偽者は、非常に不自然だ。無理して自分を正当化しようとするから、

妙な言い回しをする。違和感を覚える言葉を遣う。

優しい家族が、母親を介護する時に《キーパーソン》なんて言葉を遣うだろうか。

義姉が本当に優しい人なら、或いは健全な人なら、

私が自分を敬遠しているな、と感じたなら、不愉快に思ったとしても、

自分を敬遠している人に対して、何が何でも
自分に連絡してこい、とは言わないだろう。

自分を敬遠している人に執着することはないだろう。

私は義兄嫁に、出来ることがあればしたい、と申し出ているのだから、

私に呆れながらでも、義兄嫁と私が連絡を取り合うことをよし、とするだろう。

でも、義姉は違う。

ある意味、私に執着している。

絡む、と言い換えてもいい。

義姉は自分が中心でなければ我慢できないのだ。

義兄嫁と私で連絡を取り合って、私が義兄嫁の負担分を助けて、

結果、介護に貢献するという図式には我慢できないのだ。

私が自分(義姉)を敬っていなければ、自分の支配下でなければ我慢できないのだ。

「私は、貴女方(義兄嫁と私)だけで連絡を取り合うなんて、許せないの。

全て、私が把握し、私の指示に従ってもらわないと我慢できないの。」

と正直に言えば、分かりやすい。

でも、義姉にとって自分(義姉自身)とは、そんな人間ではないのだろう。

もっと優しく、おおらかで、女神のような自分なのだ。

だから、支配したいなんて微塵も思っていない。←困ったことに本気でそう思っている。

(本当の自分の気持ちが全く見えていない。)

そこで
「私は女神のようなキーパーソン」
ということになる。

キーパーソンだから、全て自分を通さなければならない、という屁理屈。

自分に連絡してこない=介護する気がない》ということにする。

そんな義姉に矛盾や違和感を感じて敬遠する私に、

顔を会わせれば当て擦りや嫌みを言う義姉→また敬遠する私→という悪循環。

そして、私が歩み寄る義兄嫁は、義姉に絶対服従の態度を変えない。

そんなことで、私たち夫婦vs義兄弟という構図は強まるばかりだった。