義家族と絶縁するまで -18ページ目

義家族と絶縁するまで

遺産相続で主人の姉兄弟達と絶縁。。
結婚から30年足らず。
その経緯を綴り、自分の記録としたい。

「学校では何の勉強してはるの?」と、義姉は娘に話しかけた。

娘は大学~大学院と学び卒業したが、この時は大学院生だった。

娘「○○です」

義姉「○○でも、西洋○○なの?日本○○?」

娘「日本○○も西洋○○も勉強するんですけど、

私のゼミの教授は❌❌の専門なので、専攻は❌❌です」

義姉「えっ、❌❌って?」

娘「哲学的なことです」

義姉「へぇ~哲学……?。
ところで、京都のS寺のU展、行きはった?」

注:《京都のS寺のU展》は娘の勉強していることに関連すること。

娘「行ってません」

義姉(俄然イキイキとして)「この間行ってきたんだけど、スゴく良かったわ」

娘「そうですか」

実は義姉の言っているのはU展の後期の催しだったが、娘は前期に行っていた。

後から「何故、前期に行ったこと言わなかったのか?」と娘に聞いたところ、

「めんどくさいから」だった。

確かに❗

義姉といえば、自分が足を運んだ催しに私の娘が行っていないということで、

大層気分を良くして得意満面の笑みだった。

過去の記事にも書いたことがあると思うが、この私や娘と、義姉の反応には伏線がある。

私と娘が大学で専攻していた学問は同じで《A》である。

私は《A》を学んだ資格で仕事をしている。

そして、娘も大学で《A》を学ぶこととなった。

その頃(私の娘が大学生の頃)には、義姉と、義姉に誘われた義母は

《A》に関わるカルチャースクールに熱心に通っていた。

典型的な有閑マダムのお稽古事のようなもので、

地域がらか、近隣でも有数の大きなホールで催しをしたり、

海外まで遠征したりして、結構お金がかかると思われるが、

そういう派手な活動を売りにして素人さん相手に成り立っているスクールだった。

義母は《A》に関して知識(恐らくは興味も…)がないので、

その派手な活動をもって、《いけてる》スクールと認識していたようで、

恐らくは親切心から、私と娘にもそのスクールに入ったら

《いけてる》活動が出来るのではないかと、勧めてきたりした。

本来は素人相手のカルチャースクールに、一応専門的に勉強している者…

(私はともかく、娘は現役の学生だったので)が行くことはないのだが、

私は、義母の親切心と理解していたので「考えてみる」と答えていた。

しかし、義姉がいるところに自分から近づくことはない。

そんな時、たまたま義母と義姉が通っているスクールの経営者であり指導者が、

娘と同じ先生のお弟子さんだと分かった。

つまり、門下の中では<その指導者>と娘が同じ立場ということだ。

その途端に、義母も義姉も全くそのスクールの話しはしなくなった。

義母は「そら、こっちに来る気にならへんな」とがっかりしていた。

そんなことはない。

誰が指導者であろうと《A》が好きなら、その活動が楽しいならそれでいいのではないか。

義姉はその後、別の《虚栄心が満たされる》スクールに移ったようだし、

義母は一切《A》からは足を洗ったようで、

その後《A》について語っているのを聞いたことはない。

義母も義姉も本当に《A》が好きなのではなく、世間に対しても、

特に私や娘に対しても虚栄心を満たす物でなくてはならない。

何故、特に<私や娘に対して>と思うのかと言うと……

私と娘は《A》を専攻したが、

大きく括ると《A》と同じ分野にある《B》にもとても興味があった。

私は《B》に関しては趣味だが、娘は趣味に留まらず、どうしても《B》が学びたくて

大学院で《B》を専攻することになった。

その途端に、義姉もとても《B》に興味があることになった。

この記事の冒頭の京都のS寺のU展は《B》に関することだ。

……そんなことがあるから<私と娘に対して>特に虚栄を張るのかなと思う。

私と娘が国内で体験して、とても感動したと言ったことを

自分は海外で、本場で体験したと言ったり、

いちいち絡むので、ホンマめんどくさい

大学で学ぼうが学ぶまいが、

本当に《A》や《B》を好きな者どうしで話せば楽しいと思う。

自分の知らない情報を得たり、思いを聞いてもらえたり、感情を共有出来るだろう。

しかし、義姉との会話は違う。

「学校で《B》を学べるっていいよね~私はこう思うんだけど、どんなふうに習うの?」

みたいな寄り添う会話は一切ない。

貴女より私はもっと凄いのよ~を、さりげなくを装いながら、必死で印象付けたいだけで、

義姉とのそれは、会話ではない。

だから後で不愉快な気持ちが残る。

私は、義姉は《A》も《B》も本当に好きなのではないと思う。

純粋に好きなのであれば、それに傾倒して自然と深い知識が身に付くだろう。

そして、それを他人に分からせる必要性はないだろう。

それがその人の人間味みたいなものになるのだろう。

他人にどう見せるか?の生き方では自分の本当に心地好いことが見つからないだろう。

幸福とは程遠い人生になるだろう。

義姉は今頃哲学が大好きになってるんではなかろうか、と想像するのである。

※何故、哲学かは、この記事の冒頭参照(笑)








義母の葬儀後の精進あげの食事会の時、義兄が唐突に皆の座る場所を指示し始め、

私と娘の席は義姉夫婦の真正面になった。

その時、既に義姉夫婦は定位置…いわゆる上座に座っていた。

その真正面に座るよう言われて、私と娘は少なからず狼狽えたが、

義姉夫婦は落ち着いていた。

通常ありえない義兄の行為と指示に、全く何の反応もしない義姉夫婦の態度が、

事前の打合せを証明している。

つまり義姉が義兄に、私達家族が勝手に《義姉から離れた》席に着かないよう、

座席指定するよう指示をしたのだろう。

義姉から頼まれもしないのに、義兄がこのような采配をするはずがないことは、

前の記事に書いたとおりだ。

事前に「このように事を運ぼう」と画策されたところに、

何も知らされていない自分が放り込まれている……

この感覚は何もこの時に初めて感じた訳ではない。

この感覚は、義姉と私達夫婦の仲がこじれてからは、

義家族の集まりに出掛ければ、殆ど必ず感じることだ。

義姉兄達は自分が不自然なことに全く気付いていない。

こういう生き方って、取り合えずは自分達の思うように事が運ばれたと感じるだろう。

或いは自分達を正当化できたと感じるだろう。

でも結局は「バレないかな?」の不安にかられたり、

ずっと辻褄を合わせることに神経を使って、

本当の意味の幸福とはかけ離れたところに居ることになる。

義姉の悩み多き人生……常にヒステリックでノイローゼっぽい人柄は

こういう根本的な生き方に根ざしていると思う。

この義兄の唐突な座席指定から思い出したことがある。

かなり前に記事にした記憶があるが…

義母が健在な頃、義親族での食事会があった時のことだ。

義母の隣の席が空いていたので、私達夫婦は深く考えないで、

義姉の長男を誘って義母の隣に座った。

中華の席で分かり難かったが、後から考えると、確かにそこは上座だった。

その時、義姉は自分の息子に向かって

「貴方っ!そこは○○(義兄)さんの席よっ!」

とヒステリックに叫んだ。

私も慌てて立ち上がったものだが、被せるように

「常識よっ!!」

と目を吊り上げていた。

その時は、年若い自分の息子を叱りながら、私達夫婦に常識がないと叫んだようなものだ。

なのに、この葬儀の時には何故、義兄の指示に対して

「あら、ここは貴方(義兄)の席よ」と言わないのか⁉

食事会の時には、自分には常識があり、私達夫婦には常識がないと誇示したかっただけ。

そして、この葬儀の時には、自分の都合で私と娘を側に居らせたかったのだ。

でも「たまには話しましょう」と率直には言わないのが義姉。

全くもって義姉の言動には整合性がない。

今なら、上から目線で義姉夫婦との会話も人間観察よろしく楽しめたかも知れないが、

その時の私は、目の前に義姉が居ると思うと身構えて、

心で「義姉が話しかけてきませんように❗」と念じつつ、

娘とだけ通じる内容のない会話をしながら、視線も逸らせて、

美味しいとも感じない食事を、黙々と早く済ませる手段に出た。

しかーし、義姉は話しかけてきた。

空気読まないって、こういうことでは?

自分に都合よく事を運ぶ…という自分の思いに執着していると、空気を感じることは出来ない

娘に向かって義姉は言った。

「学校では何の勉強をしてはるの?」

義母の葬儀は家族葬で静かに執り行われた。

少し前の記事に書いたとおり、お通夜では、私達家族は甥や姪と近い席に座り、

義兄の長男と久しぶりに話しをした、という経緯もあり、

親族というよりお客様のような私達家族だったので、

私はお通夜から終始、人間観察に勤しんでいた。

しかーし、そうもいかなくなった。。。

葬儀も終わり、義母を見送り、精進あげの食事になった時、

いつものように、私達家族は無意識に義姉から離れた席を目でおっていたのだが、

おもむろに、義兄が皆の座る席を指定しだした。

そして、主人はどこに座らされたか忘れたが、義姉夫婦の前には私と娘が座らされた。

ハイ、義兄さん、義姉さんに指示されたんですね(-.-)


何故なら義姉と私達家族の確執は、

どんなに知らないふり、気付いていないふりをしようとも、それは周知の事実で、

義兄という人が、

義姉から頼まれもしないのに、或いは義姉の怒りをかうかも知れないのに、

義姉と私達家族を近付けようと仲介するようなことは100%有り得ない。

しかし、私達家族の扱いに関しては、100%義姉の指示どおりに動く。

義姉からそのようにするよう指示されたのは誰の目からも明らかだった。

それにしても、確かに、確執があり気にいらない私達母娘のことを

義姉が気にしているのは事実だ。

《好きだから気になる》《好きだから近付きたい》というのは普通の感覚だ。

《嫌いだから距離をおく》というのも普通の感覚だ。

ところが、心に葛藤のある人は《嫌いだけど気になる》という人間関係を抱える。

加えて言うならば《好きだけど軽く扱う》ような態度も特徴的だ。

義姉の義兄嫁に対する態度も、私から見れば《好きだけど軽く扱う》に当てはまる。

「この人が居たから私は本当に助かったわ」と、

殊更、私達夫婦の前で、口に出して持ち上げるが、

この二人の間に温かな親密な雰囲気はない。

そもそも、義妹が三人居て、その内の一人に特別感謝し好意を持っている時、

普通ならば、その好意を持っている人にのみ感謝の気持ちを伝えるだろう。

<そうではない二人>の前で「こちらの人に特別感謝しているの」とは言わないだろう。

<そうではない二人>の前で言わないことが最低限の配慮だろう。

義弟嫁の前で言うかどうかは知らないが、とにかく私達夫婦の前では

実の姉弟にしては不自然なほど、義姉は義兄夫婦のことを褒め称える。

それでいて、この関係には親密な温かさがないのだ。

二人っきりで感謝の気持ちを伝え、それを誰に知られる必要もない…

そんな人間関係であればこそ、何の説明をしなくとも親密な温かい空気が流れるのだろう。

おそらく、義姉は私達夫婦への当てつけの手段として義兄夫婦を持ち上げているのだろう。

だから、私達夫婦の前で言う必要のない賛辞を義兄夫婦に伝え、強調することが、

ひいてはそれが、私達夫婦への最低限の配慮さえ欠いていることに全く気付いていない。

葛藤を抱えた時、人は本当に回りが見えない。

人を非常識と罵りながら、自分の非常識が全く見えていない。

その渦に巻き込まれている義兄夫婦にも回りは全く見えていない。

ところが、渦に巻き込まれていない人間からはすっきりお見通しだ。

何か受け入れ難いことがあって、自分を正当化したいような時……

人間生きていれば誰にもそんな時はあるだろう。

そんな時、あまりに自分を正当化することに頭がいっぱいいっぱいになれば、

気付かぬうちに他の人を傷つけてしまっている。

それが回りが見えていないということだ。

気を付けよう……などと、呑気な人間観察ばかり出来ない状況になってしまった。

私と娘の目の前には

義姉が
鎮座しているのだから(T-T)