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義家族と絶縁するまで

遺産相続で主人の姉兄弟達と絶縁。。
結婚から30年足らず。
その経緯を綴り、自分の記録としたい。

私自身、自分の身の上に起こったこととは言え昔のことを思い出しながら書いているので、

時系列的なことが曖昧になっている。

例えばこの四十九日の食事の時、主人が挨拶を求められたのは、

食事が終わってからだったかも知れない。どちらにしても1時間ほどの差だ。

食事が終わってから、家が遠いという理由で、義弟家族と義姉の長男夫婦が帰り、

義兄家族と義姉家族、そして私達家族の三家族だけになった。

そこで、主人が挨拶を求められたのだったかも知れないのだ。

どちらにしても主人は挨拶を拒否し、義姉の怒りの制止があり、何やら義兄が話し出した。

義兄の話しは要約すると「これで両親も亡くなり、これからは姉兄弟仲良く

親戚付き合いしていかないといけないのではないか?」という主旨で、

フォローとして「○子(義兄嫁)は、早くに父親を亡くしたが、叔父さん叔母さんなどの

親族に可愛がられて全く淋しい思いをせずに育った。

それに引き換えて、この○○家(義実家)の現状はちょっと淋しいのではないかと○子が言うが、

自分もそう思う」というようなことを話した。

何と、至極全うなこと!

そして「ここで何もかも話して、スッキリしてやり直さへんか?」と言った。

そして「○○さん(私)どう思う?」と、私に振られた。

これは、義兄が全うなことを言っているようだが、

よく考えてみれば、とても上から目線だ。

言い方がおかしい。

例えば、自分の妻はそのような温かい親戚付き合いをしてきたので、

自分の親族もそのようにしたいが、自分達親族はそうではない。

では何が悪かったのか皆で話し合わないか?

自分はこういうところが悪かったと思い、

これからは皆が仲良くできるようこうしようと思う。

それぞれ、今の思いを話していこうや。

……という話しの持っていき方なら分かる。

この親戚関係は淋しいと思うが○○さん(私)どう思う?って何やねん❗

私、義姉兄弟の伴侶も含めて最後に嫁に来た一番年下の若輩者なんですけどね。

私に対して「何が気に入らんの?」と聞いているようなものだ。

と、言っても、このように事態を整理して《義兄は上から目線でおかしい》と考えたのは

後になってからで、その時の私は義兄の発言を真っ向から受けて立ったのだ。

私➡「私はずっと○○お義姉さん(義姉)から嫌われていると自覚してました」

その時の義親族の反応は面白かった。

まず、当の本人である義姉は「え~~~~~っ」と苦笑しながら、

何を言い出すの~という感じですっとぼける。

私は「はっきりと態度で示されてきました。陰で何度も泣きました」と言った。

それには義姉も小声で「こっちも泣いたわ!」と吐いていた。

大きな声で私の目を見て、ハッキリ言いなさいよ!

話し合うんじゃないんですか⁉

※但し、赤字は心の声で口には出していない。

どういうところが?」「どこが?」って感じで義親族達は騒然としていた。

つまり、義姉が私に対して《私を嫌っているような態度》はとっていないということだろう。

私は「○子お義姉さん(義兄嫁)や□□さん(義弟嫁)は気付いていたと思います。

もし、分かってない、気付いてないと言うなら、もうお話しになりません!」と言った。

そこは義兄嫁は否定しなかったし、義親族とは後々まで泥々揉めるのだが、

そこのところは否定されることはなく、そこには全く触れられなかったので、

少なくとも義兄嫁は私の主張(義姉は私に対して態度で嫌悪感を表していた

~端的に言えば意地悪をしていた)を認め、

義姉に都合の悪いことはスルーすることになったのだろう。

とにかく、こうして私と義姉との直接対決は幕を開けた。





さて、このような親族の集まりの時には、必ず初めに義兄の挨拶がある。

この日も、まずは義兄の挨拶から始まった。

いつもは義兄の挨拶が終れば、食事が始まるのだが、

この日は何故か「義母を偲んで○○(主人の名前)からも一言」と、

義兄が主人に挨拶を求めてきた。

主人は「いや~いい、いい」と拒否した。

義兄はそれでも「まぁ、ええやん。何か言えや」と言ったが、

主人は「いや、いい~いい~」と拒否し、押し問答が続いたが、

やはり義姉が「もう、いいじゃない!」と遮り、恐い顔で大きなため息をついた。

もちろん、義姉の指示待ち男の義兄はそこで黙る訳だが、

では義弟や義姉に挨拶を振るのかと思いきや、そこで挨拶の件は終わった。

おかしくないですか?❗

私が嫁いで30年足らず、義親族の集まりで次男である主人が挨拶させられたことなど、

只の一度もなかったのに、急に挨拶させようとするのがおかしい。

義母が亡くなったという特別な時だから、一人ずつ一言でも想いを語っていこう…

というのならば、事前に一言「順番に挨拶していくつもりだから考えておいて」と、

耳に入れておいてくれてもいいのでは?

主人は典型的な自営業者で、人前で挨拶するということは日常生活では皆無だし、

最も苦手なことだ。

そんなことは身内なら百も承知で、そんな主人に対して事前に打ち合わせることもなく、

挨拶を求めるというところが意地が悪い。

いかにも義姉が考えそうなことだ。

私は義姉が主人に一言挨拶させようと、

義兄と事前に打ち合わせたと信じているのでそう思う。

義兄という人は何かと義姉に逆らえない事情があるとも確信している。

只、そういう打ち合わせがなかったのならば、義兄が意地悪ということだ。

いきなり主人に改まって挨拶を認めた義兄を、

「一言、事前に耳にいれてあげれば良かったのに」と、

そこに居る義親族の誰一人、口にしないのもおかしい。

主人を貶めようとしているとしか思えない訳だ。

主人が挨拶を拒否して、普通に食事は始まったが、

主人は恥をかかされたような形になり、

日頃から常に貶めるような態度をとられている主人の不満に火を付けたかも知れない。

この1~2時間後に主人は大きな爆弾を落とすことになるのだが、

この火をつけられた不満が、爆発に大きな影響を与えたに違いない。
義母が亡くなり、私達夫婦は相変わらず義親族とは付き合いもなく、日々が過ぎた。

そして、義兄から四十九日の案内がきた

《活け魚料理店》と言う感じのお店で食事会があった。

私達家族が着いた時には、数人が座っていたと思う。

まず、着席するところで一悶着あった。

いくつか前の記事に書いたが、義母の葬儀の精進揚げの時、突然義兄が席順を指示し、

私と娘は義姉夫婦の前に座らされた。

その時、本当に不愉快な思いをしたので、私は主人に「お義姉さんの前は勘弁してほしい」と

伝えていた。

義家族のすることに、私から主人にダメ出しをしたのは初めてのことだ。

しかし、今なら是非ともお側に座って人間観察を楽しませてもらいたいと思う。

自分自身、未熟な人間だったと思う。

四十九日の日に話しを戻すと、やはり予め席を決めていたようで、

義兄が私達家族に座席を指示しようとした。

主人がすかさず「家はここに座るわ」と、家族で座れる席にこだわり、

義兄が反論しかけたが、

義姉が鬼のような形相で「もう、いいやん!好きなところに座れば!」と唸るように言った。

はい。やはり貴女が義兄に指示していたのですね。

義姉の指示待ち男の義兄は、ここでもちゃんと言うことをきいた。

そして、私達家族は固まって座っていたのだが、

そんなことはなかったかのように…というか、どうしても私達家族に見せたかったのか、

義姉がそこにわざわざ自分の写真が載っている新聞を持ってきた。

「これ、友達に¨貴女、新聞に載ってたね、すぐ分かったよ¨って言われたんだけどねフフフ」

みたいな事を言っていたと思う。

新聞といっても、全国紙に折り込みで挟まっているローカル情報紙なのだが、

義姉が載っている写真とは…

義姉は全国的にも有名な、とある高級住宅地に住んでいるのだが、

その住宅地が属している市の、何らかの代表グループが、

姉妹都市になっている海外の都市に出掛けた時の集合写真だった。

記事は読んでいないので、何のグループか、何の目的か全く分からないし、

姉妹都市のある国も覚えていないが、ヨーロッパの何処かだったと思う。

只、義姉がわざわざいそいそと私達に見せに来たことから、

義姉の虚栄心を充たしている写真であり、記事に違いない。

全国的にも屈指の高級住宅地に住んで、それぞれ夫婦揃ってヨーロッパに出掛けられる

ゆとりある生活をしている人達のグループであろう。

そのグループが、市の代表として、ヨーロッパの姉妹都市の交流会か何かに出掛け、

集合写真におさまっている…そんな私をどうしても見せたいのだ。

私と娘は目を合わせてため息をついた。

自分の息子の離婚や転職、自分の娘の結婚や離婚、

そんな重要なことさえ、自分にとって都合の悪い内容ならば

話さなくてすむ間柄であり、自分の口からは絶対話さないのに、

自慢の種である海外旅行の写真や情報は率先して見せにくる。

そんな痛々しさに気付かないって、

どれだけ自分のことも回りのことも見えていないのだろうか?

よく考えてみれば義母が亡くなってから四十九日なのだ。

この日に、自分の海外旅行のことを私達家族に知らせようと、

計画を立てていたことからも、闇の深さが伺える。