義家族と絶縁するまで -10ページ目

義家族と絶縁するまで

遺産相続で主人の姉兄弟達と絶縁。。
結婚から30年足らず。
その経緯を綴り、自分の記録としたい。

義親族との話し合いでのひとこま……

どういう経緯でかは忘れたが、主人が義姉に向かって、

「おばあちゃん(義母)のマンションの鍵も俺にだけ渡さへんておかしいやろ」

みたいなことを言った。

多分、主人もこれからは親戚付き合いをしていくのだから、

「おかしい」と感じていたことを言ってしまおうと思ったのかも知れない。

その時の義姉の反応もおかしかった。

「エーーーーーッ、何言ってんの!!!
私達はみんなおばあちゃん(義母)から

それぞれ渡されてるのよ。私が配ってる訳じゃないのよっ!」

そして、義兄夫婦の方を見て、

「この人(主人)、私が意地悪したと思ってるのよっ!」

「私達はみんな、おばあちゃんから鍵を渡されたんですっ!!!」

主人「そうなんや……」

そして義姉「つまり、、貴方が、、信用されてなかったということで、す、!」

と、勝ち誇ったように言った。

こういう時の義姉の顔は恐い〜(゜_゜)

主人は「そうなんや」と、納得した訳ではない。

口で何を言っても無駄と思っただけだ。

帰宅してから「あいつ(義姉)はホンマのこと言われたらヒステリックになんねん」

と、言っていた。

義姉はどうしても《親切で優しい自分を誤解している次男》

という構図にしたい訳だが、そうではない。

明らかに義姉は私達夫婦に対して理不尽なことをし続けてきた。

それは私達夫婦だけが感じているのではなく、

義姉にとっては残念なことに、義姉側に立っているように見える義母や義兄嫁にも

分かっていることなのだ。

義母は義姉のことを「あの人、君臨してはるからな」と、

私達夫婦の立場がキツいだろうと心配してくれたし、

義兄嫁は「お義姉さんは、お世話している自分を差し置いて

お義母さんが○○さん(主人)のことばかり心配するから悔しいわやわ」

ハッキリ言っていた。

施設に入所した頃の義母は「私が○○(主人)のことを話したら

△△(義姉)が鬼の顔で怒りはる」とまで言っていた。

但し、義兄嫁も施設に入所するまでの義母も、

義姉の前でそのような指摘をすることは一切なかった。

何かしら共依存な関係だったのだろう。

そんなことが、義姉が本当の自分を知るチャンスを

ことごとく壊していたように思う。

一見好ましいような人間関係が建設的な生き方を阻んでいる。

依怙贔屓をする人と依怙贔屓をされて嬉しい人の集まりが共依存だと思う。

その集まりは段々と空気が濃く、重苦しくなっていくのではないかな。

だから、一見、自分を理解してくれている人に囲まれているような状況であるのに、

義姉は、いつもヒステリックでノイローゼっぽいのではないかな。

義姉と私達夫婦は対立していた。

私は「私達も頑張っていたのに、お義姉さんに誤解されて〜」などと思ったことも

口に出したこともない。

義姉と私達夫婦は対立していたのだ。

只、義姉はそれを絶対に認められないだけだ。

そんなこんなで、

私達夫婦は義姉の裁量で主人に鍵が渡らなかったのだと確信している。

冒頭で主人が口にした憤懣は的を得ている。

もちろん、義母が義姉を宥めてまで主人に鍵を渡さなかったことも事実だ。

恐らく義姉の感情に配慮したのだろう。
義母はある意味とても弱い人だと思う。

しかし、もしかしたら義姉の言うとおりかも知れない。

義母は子ども達の中で主人だけを信用しておらず、

鍵を預けなかったのかも知れない。

もう、義母はこの世にいないのだから確かめようもない。

しかし、そうなのであれば、主人だけを信用していなかったなどと、

微塵も私に感じさせるような言動をしなかった義母に心から感謝するばかりだ。
義姉は《主人が自分の持っている遺言書を主張した場合》の話し合いを

想定していただろう。

そして、こう言えばああ言う〜ああ言えばこう言う〜と計画し、

根回しもしていただろう。

いつも、そうだからそう思う。

ところが、主人が自分の持っている遺言書を主張しないと言い、

私が土下座まがいの謝罪をしたことで、思いがけない展開となり、

義姉は自分の娘(Bちゃんとする)の離婚騒動の顛末を話し出した訳だ。

しかし、Bちゃんが結婚する時、義姉はその結婚相手を絶賛していた。

義兄嫁からも、義姉が婿となる人を「素晴らしい人」と絶賛していると聞いたし、

義姉の長男(A君とする)は「貴方と違って素晴らしい人だわ」と、

母親(義姉)から言われたと言っていた。

A君は母親(義姉)からそのように言われたと話した時、

自分と自分の嫁と、Bちゃんと元婿という4人で食事をした時の話しをしてくれたが、

「こいつはアカンな」と夫婦共感じたと言っていた。

お正月の集まりで、Bちゃん元夫とたまたま居合わせた私の主人も

「気持ち悪い男やで」と言っていた。

只、義姉夫婦とBちゃんはそれに気付かなかったのだ。

私達夫婦はA君からBちゃんの結婚〜離婚にまつわる話しを聞いたのだが、

A君はBちゃん元婿の実家について「自分達も庶民なのに《アンチ庶民》な家族」と

言っていた。

つまり、非常に虚栄心が強いということだろう。

私に言わせてもらえば義姉と同じだ。

このお正月の集まりというのも、Bちゃんの婿の居た年には、

いつもなら孫にだけお年玉をあげている義母に、

大人全員にも和菓子とお年玉を一人一人配らせ、

義姉兄弟それぞれの家庭にお節の三段重を配るという派手なことをしてのけた。

毎年しているお正月ではない。

それも、義母の預金を自由に使っていた義姉が、

義母のお金で娘婿に対して存分に見栄を張ったわけだ。

そのお年玉…私のだけ中身が空っぽというおまけ付きだったのだが、

それは以前の記事に詳しく載せているので置いておくとして、

義姉のその虚栄心が、娘の元婿のおかしさを見過ごしたのだろう。

どんな大学を出たのか、どんな企業にお勤めしているのか、

そんなことばかりに囚われて、その人の価値観とか優しさ、

不能者であるのにそれを隠して結婚したり妻に暴力を振るえるような神経の持ち主

であるという本質を見落としたのだろう。

A君の初めの結婚相手の時もそうだった。

良い学校を出、経済力のある家庭の娘さんである元嫁を

最初は手放しで絶賛していた。

そして、A君も離婚した。

義姉という人はいつも劣等感とその裏返しの虚栄心とに支配されていて、

本当に人を見る目がないと思う。

その義姉が絶賛するのが義兄だ。

義兄は高校の校長になった。そこが、義姉の絶賛ポイントだ。

そして、自分に逆らわず従順である。

義母は義兄のことを「マンション買うから〜とか、息子が借金したから〜

とか言うて、親のお金当てにすんのんはあの子だけですわ」と言って

よく憤慨していた。主人も「あいつはええ格好しい」と断定していた。

でも、義姉は義母の言っていることなど百も承知で、義兄を絶賛している。

少なくとも私達夫婦の前では褒め称えている。

私は、義姉が絶賛していたA君の元嫁や、Bちゃんの元夫や、義兄が

どうしようもない人だとは思わない。

きっとそれぞれに良いところも愛すべきところもあるだろう。

只、義姉の「良し」と絶賛するポイントがずれていると思う。

A君の元嫁は優しい娘だったのか?

母性愛溢れた母親の元、仲の良い両親に育てられて

情緒の安定した大人に成長した娘だったのか。

わが息子と温かい家庭を築いていくであろうと想像できたのか。

もし、そのような恵まれた環境で成長することが出来なかった娘であれば、

彼女はどのような困難に直面しどのように乗り越えどんな問題を抱えているのか。

わが息子はそんな彼女を支えることが出来るのか。

自分達家族はどのように関われるのか。

Bちゃんの元婿さんにしても同じ。

学歴とか経済力とか、そのような物ばかりに囚われていなければ、

そうと意識していなくとも、人の内面に目がいくだろう。

子どもというのは本当に健気だ。親が喜ぶ人を選んでくる。

但し、自分が見えていない場合だ。

自分と親がしっかり見えていて、親を批判する力があれば、

親とは違う価値観で生きることが出来るだろう。

親から離れる勇気も出るだろう。

それは、絶交したり二度と逢わないということではない。

どちらかと言うと、結果的に絶交にならない確率が高いと思う。

また、話しが大きく横道に逸れてしまった。

義姉兄弟との話し合いの場面に戻すと、思いがけない転回から、

義姉が自分の娘であるBちゃんの離婚について話し出した訳だが、

他にもいろいろな話しが繰り出された。
私がほとんど土下座まがいの謝罪をしたのは、

主人が勝手に名義を書き換えてしまったことに対する罪悪感であり、

罪滅ぼしだった。

義母の生前からあったいざこざから介護に至るまでの行動を反省したのではなく

水に流した訳だが、この時は本当に今後良い親戚付き合いが出来れば…と、

心から思っていた。

私が頭を下げて謝罪した時、義姉は自分の夫に

「そう言ってくれたらね〜こっちも報われるよねお父さん」みたいなことを言い、

義兄嫁は反射的にお仏壇に手を合わせていた。

そして、何か、全員が思いがけない展開にとまどっている感じで、

義姉夫は「いつも◯◯(義姉長男)がお世話になってありがとうございます」と

言ってくれた。まぁ、義姉は絶対にそういうことを口にしませんが。

それで、どういう経緯か義姉の長女の話しになった。

義姉の長女が離婚したことについて、面と向かって話していなかったからだと思う。

その話しになるとおもむろに、義姉は義弟に向かって

「貴方ね、前にこの話しした時ね

『あぁ、出戻りかー』って言ったでしょ!!『あぁ、出戻りかー

って!!」と、いきなり怒った。

義弟は「すんません」と謝っていた。

「ふーん、いろいろあるんやね」と私は思った。

※以下、青字は私の心の声。

義姉が腹立たしく思っているのは私の主人だけではないのだ。

義姉は「あの人(義姉長女の元夫)はね、不能者だったのよ」と言った。

Σ(゜Д゜)「メチャメチャいろいろありますね」

「暴力もふるってね、、」と義姉。

Σ(゜Д゜)

「えー、可哀想に」と、咄嗟に声に出た。
心から同情した。

しかし、ここからが義姉。

「◯◯(義姉長女)ね、離婚して家に帰って来たからね

『おばあちゃん(義母)の家が空いてるから、そこに住んでもいいねんよ』って、

言ったらね『お母さん(義姉)が良くてもお母さんの姉弟みんなの家やねんから

そんなんしたらあかんわ』って、あの子言うのよね」と義姉。

つまり義姉は、離婚して帰ってきた娘に、施設に入った義母の家が空いているから

そこに住めばよいと提案したら、自分の娘は『みんなの家』なんだから、

それはダメだと辞退したという話し。

いかにも自分の娘が良識のある人間であるという話し。

そう、義母の家は空き家だったのである。

そして、その義母の家が空き家であった期間に、

私達家族は火/事の貰い火で、家が全/焼し焼き出されるという大惨事に遭っていた。

その時、一時的な避難場所としても

《義母の家を使用》という提案などしてくれなかった。

それどころか、私達家族の家が全/焼した直後に、

義姉長男はその惨事を知ることになり、彼にはいろいろと助けてもらったのだが、

義兄弟達がお見舞いに訪れたのは4ヶ月後だった。

揚げ句に義姉からは、私からお見舞いに対するお礼がないとダメ出しまでされた。

私達夫婦は義姉を避けてお互いの関係は険悪だったのだから、

義姉から一時的にでも「義母の家を使って」というような提案をされるなど、

全く期待などしていなかったが、

いつも私達夫婦…とくに主人のことを非常識と責め立てる義姉が、

実は自分が、険悪な関係なりの険悪な対応をしている顕著な出来事だった。

険悪な関係であることをど返しして一般常識を持ち出し、

主人を非常識と責め立てる義姉が、実は私達家族に対して、

ごく一般常識で考えれば非常に冷淡な態度を取っていることがよく分かる。

自分の葛藤にいっぱいいっぱいで、回りに不満だらけの義姉は

本当の自分というものが見えていない。

義母不在で空き家になり、尚且つ自分が自由に使える家を、

火/災で焼け出された私達家族には提供する素振りすら見せなかった。

私達夫婦は常日頃から、そういう険悪な関係なのだから、

そんなもんだろうと思っていた。

しかし、そんな私達夫婦の前で、離婚した自分の娘には提供したと、

恥ずかし気もなくしゃべる義姉。

それも、自分の娘が良識ある人間であるかのような、自慢エピソードには驚いた。

空いた口が塞がらないとはこのことだろう。

それでも、これからは親戚付き合いしていくのだと思っていた私。

今、振り替えれば「どんだけ罪悪感、感じててん❗」と思う(笑)