霧氷らぶらぶ亭 -10ページ目

霧氷らぶらぶ亭

いつの間にか山形県寒河江西村山地区と山形市のゆるキャラさんたちにどっぷりハマりました(;´Д`)
地元のローカルヒーロー・憑身シェイガーくんと蔵王温泉のキャラクター・むひょこちゃんを特に愛していますΣ(´□`;)

ダムとお城もぼちぼち

とんと昔あったずま


昔々ある村に名主がおって、その名主にたいそう美しい娘がおったそうな。

その娘は年頃になってますます美しくなり、さまざまなところから婿の話があったのに、嫌がって話を受けなかった。


ある日の晩、一人の若く立派な侍が

「旅のものですが、泊まるところがないのでどうか一晩泊めていただけないでしょうか」

と頼みに来て、名主はかわいそうに思い泊めてあげることにした。


夕飯のとき娘にも挨拶させていたところ、若者はじっと娘を見つめていた。

そして、次の朝早く風のように帰って行った。


その後2,3日経つとまたその若者が訪れ、また泊めてやり、

何度も若者が泊まりにくるようになると、娘と若者はいつの間にかできて夫婦のようになってしまい、それでも若者は朝になると家人が起きる前に名主の家をたち、誰も朝に帰って行く若者の姿を見たものはいなかった。


そうこうしているうちに、娘の腹が大きくなってきて、だんだん娘の顔色が青くなってくる。

娘のおっ母が心配して、

「どうも、あの侍は怪しい」

と侍の正体を探ろうと、

「侍が帰る前、着物のすそに糸を縫い付けておけ」と娘に言いつけた。

翌朝、おっ母が糸をたどっていくと、糸はどんどん山のほうに入っていき、大きな岩の陰の洞穴の中に続いている。


その穴の中から、二人の話し声がして、おっ母はおっかないのを我慢して近づいて聞き耳をたてた。


「人間を騙そうっていってもそれは無理だべ」

「いやいや、大丈夫だ、俺はあの娘の腹に子どもをいっぱい作ってきたから、俺たちが死んでも子どもは生きるから心配いらねえ」

「いやいや、人間は利口だから、菖蒲と蓬を入れた湯に娘を入れられてしまうと、子どもはみんな流れて腹から出てしまう」

「うるせえ、何を言う、それより俺の胸に針が刺さって死にそうだ、苦しいうんうん」

と苦しがっていた。


それを聞いたおっ母はたまげて、うちにがらがら(急いで)帰ると風呂を沸かし、蓬と菖蒲を入れて娘を風呂に入れたら、娘の腹からちっちゃい蛇がもろもろ(たくさん)出はってきた。その蛇をみんな殺してしまうと、娘の顔色は良くなり、元のようになって元気になったそうな。



あやしいものクラブ-蛇の子


娘は隣村からいい婿を貰い、幸せに暮らしたそうな。

それ以来、村では五月の節句になると、菖蒲と蓬を風呂に入れたり、軒先に刺すようになったそうな。

 

             どぅーびんと




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箸墓神話などに見られる「蛇の夜這い」と、「鬼が追ってくるのを菖蒲で撃退」する五月の節句縁起話をミックスしたような、珍しい民話だと思います。村山地方の昔話です。


千歳山には私が小学校の頃から「女の子が山で小便をすると、蛇が入って中で噛み付く」という恐怖な都市伝説があったのですが、昔から人はそのような「蛇が体内に入り込む」恐怖を覚えていて語り継がれていたのかもしれませんね。

私が民話に興味を持つようになった中学生の頃、R中に「郷土史」の先生が来て、講演していってくださったことがありました。

他の講演だとすんげー眠くなるのに、そのときだけは食い入るように聞きました。


残念ながら、そのとき講演してくださった先生のお名前は覚えていませんが、内容は学区内を流れる「恥川」の話でした。


「恥川」と書いて、「はずかしがわ」と読みます。


その昔、十六夜姫という姫が苦難の道中、

水面に着物の奥が映ってしまい(当時の人はパンツを履いていなかった)

「ああ、はずかしい」と身を投げたので、恥川と呼ぶようになった。




これが、私が当時の講演で聞いた「恥川」の縁起話でした。

この話に「昔の人はこのように奥ゆかしかった」「恥ということに敏感だった」という説教話がついて語られていました。

下賎な想像で「当時はもっと治安も悪かっただろうから、もっとひどい目にあって身を投げたんじゃないだろうか・・・・」と思ってました。


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長じてもしばらくその話を信じていて、友人知人にも

「あの川は着物の中が川面に映った姫が『ああ、恥ずかしい』と身を投げたから、恥川というようになったのだよ」

とか説明しちゃったりもしていました。



しかし。


今日「恥川」で何か郷土史にあるようなものはないかと検索してみましたところ、


こちらの千歳山萬松寺のご解説


一条天皇の御世に、歌会の席で口論し天皇の怒りに触れた藤原左近衛中将実方が、「陸奥の歌枕を探して来い」と命を受け奥州へ下向したが、名取郡笠島の道祖神の前で下馬を拒んだところ落馬して死ぬこととなった。

実方の娘十六夜姫は父の後を追って奥州に来たが、父が死んで千歳山に葬られたのを知り、千歳山までやってきて川の水面に映る自分の窶れ衰えた容貌を見て、

「いかんせん 映る姿は九十九髪 我が面影は 恥ずかしの川」

と詠み、山形市内を流れるその川を「恥川」と呼ぶようになった。


とあります。


パンツの中じゃないし!

身を投げてないし!


あの時聞いた講演はなんだったのだろう、と大変不思議でございます。

でも、そのときに聞いた「恥ずかしさのあまり身を投げちゃった姫」でいろいろ想像してしまったせいで、地元のオカルティックな民話に興味を惹かれるようになったのですがね。