私が民話に興味を持つようになった中学生の頃、R中に「郷土史」の先生が来て、講演していってくださったことがありました。
他の講演だとすんげー眠くなるのに、そのときだけは食い入るように聞きました。
残念ながら、そのとき講演してくださった先生のお名前は覚えていませんが、内容は学区内を流れる「恥川」の話でした。
「恥川」と書いて、「はずかしがわ」と読みます。
その昔、十六夜姫という姫が苦難の道中、
水面に着物の奥が映ってしまい(当時の人はパンツを履いていなかった)
「ああ、はずかしい」と身を投げたので、恥川と呼ぶようになった。
これが、私が当時の講演で聞いた「恥川」の縁起話でした。
この話に「昔の人はこのように奥ゆかしかった」「恥ということに敏感だった」という説教話がついて語られていました。
下賎な想像で「当時はもっと治安も悪かっただろうから、もっとひどい目にあって身を投げたんじゃないだろうか・・・・」と思ってました。
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長じてもしばらくその話を信じていて、友人知人にも
「あの川は着物の中が川面に映った姫が『ああ、恥ずかしい』と身を投げたから、恥川というようになったのだよ」
とか説明しちゃったりもしていました。
しかし。
今日「恥川」で何か郷土史にあるようなものはないかと検索してみましたところ、
こちらの千歳山萬松寺のご解説 に
一条天皇の御世に、歌会の席で口論し天皇の怒りに触れた藤原左近衛中将実方が、「陸奥の歌枕を探して来い」と命を受け奥州へ下向したが、名取郡笠島の道祖神の前で下馬を拒んだところ落馬して死ぬこととなった。
実方の娘十六夜姫は父の後を追って奥州に来たが、父が死んで千歳山に葬られたのを知り、千歳山までやってきて川の水面に映る自分の窶れ衰えた容貌を見て、
「いかんせん 映る姿は九十九髪 我が面影は 恥ずかしの川」
と詠み、山形市内を流れるその川を「恥川」と呼ぶようになった。
とあります。
パンツの中じゃないし!
身を投げてないし!
あの時聞いた講演はなんだったのだろう、と大変不思議でございます。
でも、そのときに聞いた「恥ずかしさのあまり身を投げちゃった姫」でいろいろ想像してしまったせいで、地元のオカルティックな民話に興味を惹かれるようになったのですがね。