工具マニアで困ってます -12ページ目

工具マニアで困ってます

営業職なのに工具大好きで、営業中にホームセンターに入り浸り・・・

このような就業規則は、職場における法律のような機能を果たしますから、使用者もそれに従って行動することが通例であり、使用者の恣意的な行動を抑制するルールとしての役割を果たすことになります。他方で、就業規則は、労働協約などとは異なり、使用者が一方的に設定するものですが、それゆえに、一方的に労働条件や服務規律が定められ、労働者に不利益をもたらすおそれがあります。そのため、労働基準法は、就業規則の職場におけるルールとしての役割に照らして、使用者に対し、常時一〇人以上の労働者を使用する事業場において就業規則を作成すること、また、掲示や備え付けなどにより労働者に周知させること(就業規則の存在や内容を知りうる状態に置くこと)を義務づけています。


他方、就業規則の内容が労働者に不利益になるおそれがある点については、労働基準法は、就業規則の設定・変更にあたり、使用者は事業場の労働者の過半数を代表する労働組合から、もしそのような組合がなければ過半数の代表者(民主的な方法での選出が要求されます)から意見を聴取すること(九〇条)とともに、就業規則を労働基準監督署長に届け出ること(八九条)を義務づけています。労働契約法も、就業規則と労働契約の関係についていくつかの規定を置いています。まず、労働契約法七条本文は、「労働者及び使用者が労働契約を締結する場合において、使用者が合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていた場合には、労働契約の内容は、その就業規則で定める労働条件によるものとする」としています。


この点は、そもそも、就業規則と労働契約はどのような関係に立つのか、就業規則はそもそもいかなる性質をもつのかという問題にかかわることですが、これまで、就業規則の法的性質に関しては様々な見解があり、就業規則それ自体を一種の法規範とみる法規範説と、就業規則は契約のひな型のようなものにすぎず、労働者が何らかの形でそれに合意することを通じて契約内容になりうるという契約説がありました。そして、近年の学説では、就業規則を、定型的・集団的な契約を結ぶ際に使われる約款のようなものととらえ、労働者は、その具体的内容を知らなくとも、使用者と労働契約を締結する際には就業規則に従う旨を一括して合意したものと推定するという定型契約説が有力となりました。


最高裁判例も、必ずしも具体的な説明はしていませんが、就業規則の定める労働条件は、それが合理的な内容のものである限りは労働契約の内容になると判示し、契約説に近いとみられる立場を示しています。先の労働契約法七条本文は、就業規則の定める合理的な内容の労働条件が労働契約の内容となると読めば契約説的な立場を示したものと読めますが、むしろ、この条文ができたことによって、就業規則の法的性質を議論する必要自体が小さくなったとみた方がよいかもしれません。


なお、労働契約法七条本文は、既に就業規則が存在して周知されている場合に、労働者が新たに労働契約を締結するとき(本人への周知も必要です)を想定した規定です。したがって、労働者が労働契約を締結した後に、使用者が就業規則を制定して周知させた場合は、この規定の対象場面ではないことになります。この場合は、新たに制定された就業規則がこれまでの労働契約の内容とは異なる限りは、就業規則による労働条件の変更の問題としてとらえられるでしょう。この点については次に項を改めて述べます(六五頁以降参照)。また、労働契約法七条のただし書きは、「労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の内容と異なる労働条件を合意していた部分については、コー条に該当する場合を除き、この限りでない」と規定しています。




プロセスを論理で説明することは難しい。「直観」としか言いようがない。幾何学は直観である、と思っている人は多いはずである。日本の代表的な数学者の一人である小平邦彦は、二次元ユークリッド幾何学の証明問題を集めた一冊の本を書き、その中で補助線を見つけることに代表させる直観を磨くことの重要性を説いている。小平によれば、予-グリッド幾何学はたくさんの可能な幾何学のひとつではなく、図形を扱う特別な幾何学である。ユークリッド幾何学を論理の体系と見るか直観の跡付けと見るかは個人の趣味の問題であろうが、同時に文化の違いもそこに反映される。後に触れるが、ユークリッド幾何学を演縄論理の体系と見る考え方こそ西欧に独特のものであり、近代科学を生み出した原動力となった。


我々日本人は、論理としての見方をもちろん十分理解することは出来る。しかし、その見方を掘り下げていくよりは、そこからこぼれ落ちるものを大切にしたい、という気持ちが先立つ。日本の数学者が数学の論理的な側面よりも美的な側面を強調する傾向があるのは、このことと関係しているのであをで幾何学の体系を普遍的な論理の体系として構築したのは、ヒルベルトである。ヒルベルトは論理の体系の基礎となる公理系に「完全性」「独立性」「無矛盾性」を要請した。「完全性」とはすべての定理を導き得るだけの豊かさをもっていること、「独立性」は公理のうちひとつでも欠ければ証明出来ない定理が存在すること、「無矛盾性」は互いに矛盾する定理を導くようなことがないこと、である。


ヒルベルトは、すでに数学者のペアノやフレーゲによって公理化されていた実数論に基づく算術の無矛盾性を証明することを、一九〇〇年に開かれた国際数学会議で提案した。ちなみにこの国際会議の開会式は、すでに述べたパリ万博と同じ時期に同じ会場で行われた。ヒルベルトの問題提起は「数学の論理化」である。数学という最高度の知の営みが築き上げてきた知の構造が、論理という日常的な思考や行動とかかわるいわば無作為の知の営みとどのようにかかわっているかは、数学という学問の基盤とその源を探る重要な問いかけである。こうしてヒルベルトは超数学、あるいは数学基礎論と呼ばれる新しい数学の領域を切り開いた。


超数学は二十世紀前半に大きな足跡を残したが、その背景にはニュートン以来科学の世界で支配的であった力学的な自然観に対する批判と、そこから脱却しようとする様々の動きがある。この動きの先頭に立つだのが、先に述べたエルンストーマッハである。マッハは実世界(物理世界)の存在を否定し、実在するのは我々の感覚によってとらえられた様々のイメージにすぎない、と主張した。彼によれば、物理学の役割は人間の感覚がとらえる様々の量の間の関係を最も効率よく記述する関数関係を求めることにある。「物自体」よりも「変量の間の関数関係」を重視するマッハの考え方は、現代の科学技術において計算機の使用を正当化する「モデルとシミュレーションの思想」の先駆けであるとも言えよう。


彼は物理学と心理学、生理学の統合を唱え、それぞれの科学の確立された規範の解体を主張する点できわめてラジカルであった。彼の主張は極端でついていけない面が多いが、「自然」と並んで「論理」を科学のもうひとつの軸足と考えるマッハの思想は第三の科学革命への地ならしとなったと言えよう。力学的な世界観の解体を論理学の革命に結びつけたのは、「ウィーン学派」と呼ばれる科学者、哲学者のクループである。ウィーン学派の中心課題は科学を論理学によって基礎づけることであったが、ヒルベルトの提起した論理体系の無矛盾性はグループの主要な関心事のひとつであった。


現代の酪農は近代化が図られ、牛は人間の都合によって決められた時間に搾乳機に向かわされる。餌も、乳量を多くするために工夫されている。こうした効率優先のスタイルは、牛にとってはストレスが大きい。そう長谷川社長は考えた。そして、「想いやりファーム」では、人間ではなく牛の立場に立った酪農をやることにしたのだ。まだ夜も明けぬ午前四時五〇分。酪農スタッフの一人、見楚谷愛佳さんが牧場にやってきた。北海道江別市出身の二四歳。「想いやりファーム」で働き始めて二年になる。牧場から車で一〇分ほどのアパートで一人暮らしをしている。


最初の仕事は、牛舎で寝ている二五頭の乳牛たちを起こすこと。モップの柄でコンーコンと軽く叩いては、「起きるのよ」と声を掛ける。たいていの牛はこれで起きるが、なかには起きない牛もいる。そんな時でも、無理には起こさない。ストレスをかけないためだ。その朝、ポンという名の牛が全く起きようとしなかった。見楚谷さんはポンが自然に起きるまで、ひたすら待つ。二〇分後、ポンはようやく立ち上がり、隣にある搾乳室に向かった。このように、起こさず、追い立てず、牛自らが張った乳を搾ってくれと要求するまで、ただひたすら待ち続けるのだ。


次に見楚谷さんは「牛のベッドメイク」を始めた。多くの牧場では、牛の寝床には藁を使っている。しかし、藁は雑菌がっきやすいため、「想いやりファーム」では使っていない。代わりに、砂を用いている。見楚谷さんは砂の寝床をならしながら、砂に混じった細かな汚れを丁寧に取り除いていく。一時間のベッドメイクの間、牛たちはゆっくりと食事をしていた。ここでは、大豆やトウモロコシなどの配合飼料は一切与えていない。牛本来の餌である牧草を主に食べさせている。ベッドメイクができれば、牛たちは牛舎に戻り、自分の好きな場所で昼寝に入る。見楚谷さんが干草の移動や牧場の雑用を終えたのは午前一一時。それからアパートに戻って食事と仮眠を取る。


「今まで牛乳と思って飲んでいたのは、殺菌しているわけじゃないですか。本当の生の昧じゃないんだということを知って欲しい」と話していた。見楚谷さんは夕方再び牧場に戻って、朝と同じように牛の世話を始めた。終わる頃には、時計の針は七時を回っている。スタッフがローテーションを組んで、毎日毎日同じ作業が繰り返されるのだ。北海道で四番目の生産量を誇る友夢牧場の湯浅佳春社長は、「想いやりファーム」の酪農スタイルを見て衝撃を受けたと話す。「牛の飼い方から餌の作り方から、まるで発想が違う。あそこまで求めたら一リットル一○○○円でも安いかもしれない。一〇〇〇円なら作れるかと言われても作れない。一万円でもできない。あり得ないもん」


牛にやさしい酪農から生まれた日本で唯一の無殺菌牛乳。それを作っている牧場が、存亡の危機に立っていた。その日、長谷川社長は、酪農、製造などの責任者を集めて、こう切り出した。「一月の段階で、月のマイナスが一五〇万円。正直言って、かなり厳しいの」効率よりも牛の気持ちを優先する酪農スタイルは、大量生産ができない。しかも、無殺菌牛乳を作るには、設備費や人件費など多大なコストがかかる。一方で、七二〇ミリリットルー○五〇円という値段は、消費者になかなか理解してもらえずにいた。牧場の危機に、ここで働く酪農カールスが立ち上がった。


なぜ、この値段なのか。まずは地元の人たちに知ってもらおうと、手作りチラシを作成し、帯広市内の人気店回りを始めたのである。「私たち中札内村の想いやりファームの者です。このチラシをお店に貼ってもらえないかと思って。物には自信があるんですけど、どうしても高くて地元では目にとどめていただけていないんです」必死の願いに、その店の店長も「流通している牛乳と違いはわかるんですが、どこで売っているかわかんない。汗流して作っている人間が少しでもアプローチかければ、耳を貸してくれる人は多いんじゃない」と応えてくれた。