「文化力」の強さ | 工具マニアで困ってます

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軍事と経済のパワーは、いわば他を圧倒し、必要ならば屈服させて自国のいいなりにさせようとするものである。前節までに記したように、米国はこの両面で強力である。しかし、これに「文化力」が加わっているところに、今日の米国の真の強さがあるといってよかろう。


文化を「パワー」に結びつけるのは、本来似つかわしくない。むしろ「パワー」の対極にあって、各々の国、個々人に特有の、それぞれの価値を持つものである。強弱、優劣、上下とは無縁である。


ここで文化を力とつなげているのは、米国の国際政治学者などのいう「ソフトパワー」の概念にほかならない。すなわち、軍事力のように他者を屈服させる「パワー」ではなく、他者を喜んで同調させ、納得させるような理想、理念、構想、そしてファッション、スタイル、デザインなどである。これらをおおざっぱに「文化」としているのである。冷戦の両極を規定したイデオロギーもまた、この「ソフトパワー」の一要素であった。


勝てば官軍で、冷戦の勝者米国は、人類が長い歴史の過程を経て培った自由、民主、そして人道的公正という普遍的理想において、ソ連に勝ったのだとしている。確かに共産主義イデオロギーの下で、政治、経済両面の自由を奪われていたソ連とその従属国の人々にとって、米国をはじめとする西側諸国は、自由が保障された選挙に基づく議会制民主主義を持つ政治的にうらやましい存在であった。


また、自由な経済取引によって、結果的には旧ソ連圏以上の高い所得水準とより平等な分配を達成したことを誇る。今日のロシアで、旧勢力の共産党が力を回復しかけることがあっても、決定的なカムバックに至らないのは、とりも直さず米国などが奉ずる「自由、民主、公正」がソフトパワーとなっているからだとされる。


個々人の生活により近いレベルでは、米国の大衆文化である。米国の「文化人」にとっては、ジーパン、マクドナルド・ハンバーガー、コカコーラを米国の文化とされるのには抵抗があろう。確かに、ハンバーガーとコーラではあまり「文化的」とはいえまい。しかし、こうしたものが、世界各地で多くの人々に親しまれているのは事実である。


今日、多くの意味で米国と対極にある中国でも、例外ではない。政治的統制の中に自由経済の利点を導入し、経済発展を急ごうという郵小平以来の改革開放路線によって、「アメリカ」が大都市を中心にひたひたと浸透している。北京の町並みですぐ目につく「マクドナルド」は、麺類などに比べればややぜいたくな外食店だが、若者たちでいつもにぎわっている。


ハンバーガーのようなファーストフード・チェーンといえども、米国には他の追随を許さない何物かが備わっている。それは逆に、日本の対外進出には欠けている何かである。たとえば、キリンビールをはじめとする日本のビール企業は、一時期大きな資金力をバックにドイツなど欧州諸国やマレーシアなど近隣アジア諸国で「ビアレストラン」を開いた。


しかし、今日各社とも撤収にかかっている。キリンビールの場合、和風ビアレストランやステーキハウスを開いてきたが、香港、台湾、グアムは赤字。ドイツ、オーストリアは黒字だが、日ならずして採算割れとなる見込みで、二〇〇〇年中に全面撤退しようとしている。