仔犬のポポ | 工具マニアで困ってます

工具マニアで困ってます

営業職なのに工具大好きで、営業中にホームセンターに入り浸り・・・

次の面接は正月が明けてからでした。今度も患者は予約どおりに来院しました。年末年始の休みをはさんだので、僕は少し心配していましたが、病状に大した変化はありませんでした。患者に尋ねなくてはならないことは山ほどありましたが、何を聞いても、「僕、話したかない」と断られました。そこで、僕は患者が僕にもっと慣れてくれるまで待つことにしました。


面接を繰り返して半年ばかりたった頃のことです。患者が面接室に入ってくるなり、「先生。僕ね、名古屋に行くことになっちゃった。引っ越すんです」少しずつ薬を増してきたせいで、この時までに患者はずいぷんとなめらかに話をするようになっていました。よく聞いてみると、父親が名古屋の本社仁戻るのを機に、家族も転居することになったそうです。父は、機械メーカーの東京駐在の専務でした。


「先生。僕、名古屋から通いましょうか? それとも、先生、名古屋の医者に紹介状書いてくれる?」僕はちょっと迷った末に、紹介状を書くことにしました。やはり、病院は通いやすいのが一番です。「でも、先生、僕のこと、詳しく知らないよね。僕、あんまり自分のこと話さなかったから」そう前置きして、彼は話し始めました。


「僕がノイローゼになったのはね、ポポが死んじゃった時に、悲しみ過ぎちゃったからなんです」「ポポつて、あの縫いぐるみのリス?」「ちがうよ。ポポは犬。ポメラニアンだからポポ」彼は小学校四年の半ばで名古屋から転校してきました。新しい学校になじめず友だちのできないのを見てとった父親が「友だちがわり」に買ってきてくれたのが、仔犬の「ポポ」だったのです。


クラスには意地の悪い男の子がひとりいました。初めのうちは親切そうに近づいてきたのですが、少し気を許すと、「○○君の靴を隠せ」だとか「○○さんの筆箱を捨てろ」と嫌なことばかり命令するのです。彼が断わると、その子は皆の前で名古屋誂を真似て彼を笑いものにしました。


それでも彼が知らん顔をしていると、彼の靴がなくなり、筆箱が消えました。担任に訴えても、その若い教師は「人を疑っちや駄目よ」ととりあってくれません。彼はひとりで学校中を探すしかなかったのです。それ以来、彼は授業が終るとすぐに家に帰ってしまうようになりました。「ポポ」と道で駆けっこをし、家でボールの取りっこをする方が、ずっと安全で愉しかったのです。


五年生になるとクラス替えがありました。例の意地悪な子とまた一緒だと知った日、彼は母親に塾に行きたいと頼みました。地域の中学へ行くのは絶対にごめんだと思ったのです。彼は週四日、塾へ通い、残りの日は自宅で勉強しました。勉強に疲れると「ポポ」と遊びました。その頃になると「ポポ」は「たったひとりの友だち」になっていたのです。


二年間がんばったのに、受験は失敗しました。それまで知らなかったのですが、例の意地悪な子も受験をしていました。彼が受けたところより「ずっと偏差値が低いとこ」でしたが、合格したと教室ではしゃいでいたのです。その子は私立へ行き、彼は公立の中学へ進学しました。もう問題はないはずでしたが、彼は誰とも打ち解けようとはしませんでした。「友だちはポポだけでいい」そう思うようになっていたのです。

中学時代も彼は勉強に明け暮れました。三年後、今度は第一志望の高校に合格しました。国立の一流校です。制服もなく、万事が生徒の自主性にまかされています。入学後まもなく、友だちが何人かできました。その後平穏な日々が続きました。