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「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

教義と聖約38:15

それゆえ、あなたがたは今から後、強くありなさい。恐れてはならない。王国はあなたがたのものだからである。

 

「イエス・キリストは青少年の力です」2022年10月、ディーター・F・ウークトドルフ、十二使徒定員会

愛する若い友人の皆さん,もしも救い主が今,この場におられたなら,皆さんに何と言われるでしょうか。

 

皆さんを深く愛していることをまずお伝えになると思います。言葉でお伝えになるでしょうが,その愛は救い主の存在そのものからも,とてつもない力で伝わってくるでしょう。それは間違いようもなく明白で,皆さんの心の奥底にまで届き,皆さんの心に満ちることでしょう。

 

それでも,わたしたちは皆弱くて不完全ですから,幾つか不安が心をよぎります。犯した過ちや,誘惑に屈してしまったときのこと,しなければよかったのに,あるいは,もっとよくやっておけばよかったのにと思うことを,思い出すかもしれません。

 

救い主はそれを察して,聖文で語られた言葉で皆さんを安心させてくださると,わたしは思います。

 

「恐れることはない。」ルカ5:108:5012:7教義と聖約38:1550:4198:1

 

「疑ってはならない。」教義と聖約6:36

 

「元気を出しなさい。」マタイ14:27ヨハネ16:33教義と聖約61:3668:678:18

 

「あなたがたは心を騒がせるな。」ヨハネ14:1,27

 

救い主が皆さんの過ちを見逃してくださるとは思いません。罪や過ちを過小評価されることもないでしょう。そうではなく,あなたに悔い改めるように言われるでしょう。皆さんを赦すことができるよう,罪を捨てて変わるように言われるでしょう。2,000年前に,あなたが悔い改められる ように主御自身がその罪を身に受けたことを思い出させられるでしょう。それは,愛ある天のお父様が下さった幸福の計画の一部です。

 

イエスはまた,皆さんがバプテスマを受けたときに交わし,聖餐を受ける度に更新している聖約によって,主と皆さんには特別な結びつきができていることを御指摘になるでしょう。これは,くびきをともにすると聖文で説明されている結びつきであり,この結びつきがあれば,皆さんは救い主の助けを受けてどんな重荷でも負うことができます。マタイ11:28-30参照)

 

救い主イエス・キリストは,御自分が皆さんの力であることを,皆さんに見て,感じて,知ってほしいと思っておられると,わたしは信じています。救い主の助けがあれば,皆さんの達成できることに限界はありません。皆さんの可能性は無限大です。救い主は皆さんに,御自分が見ているように自分自身のことを見てほしいと思っておられます。それは,世の人の見方とは大きく異なります。

 

皆さんは全能の神の娘または息子であると,救い主ははっきりと宣言なさるでしょう。天におられる皆さんの御父は,宇宙でいちばん栄光にあふれた御方で,愛と喜びと純粋さ,神聖さ,光と恵みと真理に満ちておられます。そしていつの日か,御自分がお持ちのすべてを皆さんに受け継いでほしいと思っておられます。教義と聖約84:38参照)

 

これこそ,皆さんが今この地上にいる理由です。学び,成長し,進歩して,まさに天の御父が皆さんを創造した際に望まれた人になることです。

 

これを可能にするために,御父はイエス・キリストを遣わして救い主とされました。これが,御父の幸福の計画や教会,神権,聖文など,すべてのものの目的です。

 

天の御父の望まれる人になることが皆さんの行く末です。それが皆さんの未来です。それは,皆さんの選びです。

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2025年版(BOX)

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

教義と聖約38:4

わたしは自分の懐にエノクのシオンを受け入れた者である。また、まことにわたしは言うが、わたしの名を信じたすべての者を受け入れた者である。わたしはキリストであり、わたし自身の名によって、またわたしが流した血によって、父の前で彼らのために弁護をしてきた。

 

「天から下ってきた生きたパン」2017年10月、D・トッド・クリストファーソン、十二使徒定員会

主の肉を食べ,主の血を飲むという言葉は,わたしたちの生活,すなわち人格そのものに,どれほど徹底して救い主の力を取り入れ,一つとなるようにしなければならないかを印象的な表現で示しています。どうやって取り入れるのでしょうか。

 

第一に,わたしたちは,イエスが御自身の肉体と血を犠牲としてわたしたちの罪を贖い,死に打ち勝たれたことを理解しています。ルカ22:44ヘブル13:12モーサヤ3:715:7-8アルマ7:13教義と聖約19:1838:445:4-5参照)ということは,主の贖罪の力と祝福を受けるとき,わたしたちは主の肉を食べ,血を飲んでいることになります。

 

キリストの教義は贖いの恵みを受ける方法を示しています。すなわち,キリストを信じる信仰を持ち,悔い改めてバプテスマを受け,聖霊を受け,そして「火と聖霊によって罪の赦しが与えられる」ことです。2ニーファイ31:17これが門であり,救い主の贖いの恵みを受け,主の王国へ続く狭くて細い道なのです。

 

「そして,キリストの言葉をよく味わいながら〔その道を〕力強く進み,最後まで堪え忍ぶならば,見よ,御父は,『あなたがたは永遠の命を受ける』と言われる。

 

見よ,これがキリストの教義であって,限りなく一つの神である御父と御子と聖霊の唯一の真正な教えである。」2ニーファイ 31:20-21

 

主の晩餐に表されている聖餐の象徴について深く考えると,そのすばらしさを実感します。パンと水は命のパンと生ける水であられる御方の肉と血を表し,ヨハネ4:10参照)主がわたしたちを贖うために代価を支払ってくださったことをはっきりと思い出させてくれます。パンが割かれる様子を通して,救い主の肉が裂かれたことを思い出します。以前,ダリン・H・オークス長老はこのように述べました。「手で割かれたパンの一片一片はそれぞれ,大きさも形も違います。それをいただくわたしたち一人一人が違うことに似ています。悔い改めるべき罪は人それぞれですし,主イエス・キリストの贖罪によって強められなければならない部分も様々です。聖餐の儀式を通して,わたしたちは主を覚えます。」(Dallin H. Oaks, “Introductory Message” (address given at the seminar for new mission presidents, June 25, 2017), 2)水を飲むとき,わたしたちは主がゲツセマネや十字架で流された血と,その聖めの力について考えます。モーセ6:60参照)「清くない者は,決して父の王国に入ることができない」と知っているため,わたしたちは「信仰を持ち,罪をすべて悔い改め,最後まで忠実であることによって,〔救い主〕の血により衣を洗われた者」となろうと決意します。3ニーファイ27:19モロナイ10:32-33 も参照)

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2025年版(BOX)

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

教義と聖約38:2

すべてのことが目の前にあるのですべてのことを知っている者は、このように言う。

 

「わたしたちと神との関係」2022年4月、D・トッド・クリストファーソン、十二使徒定員会

実に愚かなことですが,人は現世の目先のことばかりを考えて,おこがましくも神を裁き,例えば,「自分は不幸だ。神は何か間違っているに違いない」と考えたりします。堕落後の世界に住み,過去,現在,未来についてほとんど知らないわたしたち現世の子供たちに,神は,「すべてのものはわたしとともにある。わたしはそれらすべてを知っている」モーセ1:6教義と聖約38:2も参照)と,宣言されました。ヤコブは賢明にもこう警告しています。「主に助言しようとしないで,主の手から助言を受けるようにしなさい。見よ,あなたがたは,主が,造られたすべてのものに知恵と公正と深い憐れみをもって助言を与えられることを知っているからである。」モルモン書ヤコブ4:10

 

一部の人々は,神の約束とは,神に従えば特定の結果が定められた時にもたらされるという意味であると,誤解しています。彼らはこう考えているかもしれません。「熱心に宣教師として奉仕したら,神は幸せな結婚や子供たちを祝福してくださるだろう」とか,「安息日に学校の勉強をしなければ,神は良い成績を祝福してくださるだろう」,あるいは「什分の一を納めれば,神はわたしが望んでいる仕事を祝福してくださるだろう」という具合です。人生がきっちりとこのとおりに,あるいは期待した時刻表どおりに運ばなければ,彼らは神に裏切られたと思うかもしれません。しかし,神の摂理では物事はそれほど機械的ではありません。神の計画を,(1)望む祝福を選んで,(2)求められる量の善い行いを入れれば,(3)即座に注文どおりのものが出てくる,という宇宙自動販売機だと考えてはなりません。

 

神は間違いなく,わたしたち一人一人への御自身の聖約と約束を守ってくださいます。この点を心配するには及びません。教義と聖約82:10参照)万物の下に身を落とし,その後高い所に昇られ,教義と聖約88:6参照)天においても地においても一切の権威をお持ちになったマタイ28:18参照)イエス・キリストの贖いの力があるので,神は御自分の約束を果たすことができ,約束を果たされるのです。主の律法を尊び,律法に従うことは必要不可欠ですが,律法に従うことに基づくあらゆる祝福が,わたしたちの期待どおりに生じ,形成され,予定されるわけではありません。教義と聖約130:20-21参照)わたしたちは最善を尽くしますが,祝福の扱いについては,この世的なものも霊的なものも神にお任せしなければなりません。

 

※ベニヤミン王は,神がわたしたちに要求しておられるのは,神から命じられたとおりに行うことだけであり,「そのとおりに行うならば,神はすぐに〔訳注:英語では“immediately”。“immedeiately”には「速やかに」という意味と「直接に」という意味がある〕祝福を授けてくださる」と教えましたモーサヤ2:22,24参照)。ただし,これは,あらゆる祝福が速やかに与えられる,という意味ではありません。神の祝福は,神の戒め自体が報いをもたらすという意味で,immediate(「直接に」)なのです。それはまた,主の戒めに対する従順は,聖なる御霊を伴侶とすることによって,主とともに生活するという祝福をもたらすことでもありますアルマ36:30参照)。

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2025年版(BOX)