「わたしに従ってきなさい」の聖句学習 -45ページ目

「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

教義と聖約97:8

まことに、わたしはあなたがたに言う。彼らの中で、その心が正直で、打ち砕かれていて、かつその霊が悔いていることを知っており、また犠牲を払って、すなわち主なるわたしが命じるあらゆる犠牲を払って自分の聖約を進んで守ろうとするすべての者は、わたしに受け入れられる。

 

「聖さと幸福の計画」2019年10月、ヘンリー・B・アイリング、大管長会

今日わたしは,個人の聖さが増すことによりさらに幸福になるということを皆さんが理解できるよう祈っています。そうすれば,皆さんがその信条に基づいて行動できるようになるからです。また,さらに聖くなる賜物を得るにふさわしくなるためにできることについて,わたしが自ら学んだことをお伝えします。

 

聖文の教えによると,わたしたちが聖められ,さらに聖くなることができるのは,イエス・キリストを信じる信仰を働かせ,使徒26:18エテル4:7参照)従順さを示し,教義と聖約88:34参照)悔い改め,3ニーファイ27:19-20参照)主のために犠牲を払い,教義と聖約132:50参照)神聖な儀式を受け,主と交わした聖約を守る教義と聖約97:8参照)ときです。聖さという賜物を得るにふさわしくなるには,謙遜さ,ヒラマン3:35参照)柔和さ,教義と聖約101:1-5参照)忍耐1ヨハネ3:2-3教義と聖約112:13参照)が必要です。

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2025年版(BOX)

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

教義と聖約95:8

まことに、わたしはあなたがたに言う。わたしは、一つの家を建てるようにという戒めをあなたがたに与えた。わたしはこの家の中で、わたしが選んだ者たちに高い所から力を授けようと考えている。

 

「神権の鍵という賜物を喜ぶ」2024年4月、ラッセル・M・ネルソン大管長

地上に神権の鍵が回復されていなければ, 自分の人生がどうなっていたか考えてみてください。(主がジョセフ・スミスに,この神権時代は「何事も隠されることのない」教義と聖約121:28ときであると告げられたのは,これらの神権の鍵が地上に回復されたためでした。)神権の鍵がなければ,神の力を授かることはできません。教義と聖約95:8109:22参照)神権の鍵がなければ,この教会は重要な教育組織,人道支援組織として役立つだけで,それ以上の役割は果たせなかったことでしょう。神権の鍵がなければ,だれも,愛する人と永遠に結ばれて,神とともに暮らすことを可能にする儀式と聖約を受けることはできなかったのです。

 

神権の鍵により,末日聖徒イエス・キリスト教会は,地上のほかのいかなる組織とも区別されます。ほかの多くの組織は,この現世での生活をより良いものにすることができますし,そうしています。しかし,現在にも将来においても,死後の生活に影響を及ぼすことができる組織は,ほかにありません。教義と聖約132:45-46参照)

 

神権の鍵が与える権能により,わたしたちは聖約を守るあらゆる男女に,アブラハムに約束されたすべての祝福をもたらします。神殿の業は,いつ,どこで生きていたか,今どこで暮らしているかにかかわらず,すべての神の子供たちに,アブラハムに約束されたこの上ない祝福をもたらします。神権の鍵が再び地上に回復されたことを喜びましょう。

 

 

 

神権の鍵が回復されたカートランド神殿

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2025年版(BOX)

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

教義と聖約95:5

しかし見よ、まことに、わたしはあなたがたに言う。あなたがたの中には聖任され、召された者は多いが、選ばれた者は少ない。

 

「あらゆる思いの中でキリストを求める」2020年10月、ウリセス・ソアレス、十二使徒定員会

あらゆる思いの中でキリストを求め,心を尽くして主に従うためには,思いと望みを主の御心と一致させなければなりません。(教義と聖約68:4参照)聖文ではこの一致を「主にあって堅く立〔つ〕」と言っています。ピリピ4:1これは,常にキリストの福音と調和した生活を送り,日々あらゆる善いものに着目するということを意味しています。ピリピ4:8 参照)そうして初めて,「人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安」を得ることができ,それによって,「〔わたしたちの〕心と思いとを,キリスト・イエスにあって守る」ことができるのです。ピリピ4:71831年2月,救い主御自身が教会の長老たちに次のように教えられました。「これらのことをあなたがたの心の中に大切に蓄えておきなさい。 永遠の厳粛さを心にとどめなさい。」教義と聖約43:34

 

わたしたちが主を求める努力を続けていても,ふさわしくない思いが心に入ってくるかもしれません。そのような思いが入るのを許したり,ましてや抱き続けたりすると,そうした思いはわたしたちの心の願望を形成し,それがわたしたちがこの世でなる人物となり,やがてわたしたちが永遠に受け継ぐものとなってしまう可能性があります。箴言23:7エレミヤ17:102ニーファイ9:39モーサヤ4:30アルマ12:14教義と聖約137:9参照)かつてニール ・A・マックスウェル長老は,この原則を強調してこう言っています。「望みが行いの結果を左右する〔のです。〕『召された者は多いが,選ばれた者は少ない』理由もそこにあります。」(ニール ・A・マックスウェル「わたしたちの『心の望みに応じて』 」『聖徒の道』1997年1月号。マタイ22:14教義と聖約95:5も参照)

 

古代と現代の預言者は,わたしたちが人生において霊的な駆動力を失ったり,混乱したり,方向が分からなくなったり,素直でなくなったりするのを避けるために,絶えず注意を喚起しています。

 

例えて言うならば,誘惑に屈するとは金属を磁石に近づけるようなものです。磁石の目に見えない力が金属を引き付け,しっかりと固着させるのです。磁石の力が及ばなくなるのは,その金属の物体を磁石から遠く離れた場所に置いたときだけです。ですから,磁石が遠くにある金属を引き付けることができないのと同様に,わたしたちが誘惑に抵抗するならば,誘惑の影響は弱まり,わたしたちの思いと心,ひいては行動に対する誘惑の影響力はなくなります。

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2025年版(BOX)