「わたしに従ってきなさい」の聖句学習 -400ページ目

「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

ヨハネ5:2-9
エルサレムにある羊の門のそばに、ヘブル語でベテスダと呼ばれる池があった。そこには五つの廊があった。 その廊の中には、病人、盲人、足なえ、やせ衰えた者などが、大ぜいからだを横たえていた。〔彼らは水の動くのを待っていたのである。 それは、時々、主の御使がこの池に降りてきて水を動かすことがあるが、水が動いた時まっ先にはいる者は、どんな病気にかかっていても、いやされたからである。〕 さて、そこに三十八年のあいだ、病気に悩んでいる人があった。 イエスはその人が横になっているのを見、また長い間わずらっていたのを知って、その人に「なおりたいのか」と言われた。 この病人はイエスに答えた、「主よ、水が動く時に、わたしを池の中に入れてくれる人がいません。わたしがはいりかけると、ほかの人が先に降りて行くのです」。 イエスは彼に言われた、「起きて、あなたの床を取りあげ、そして歩きなさい」。 すると、この人はすぐにいやされ、床をとりあげて歩いて行った。その日は安息日であった。


「主を待ち望む」2020年10月、ジェフリー・R・ホランド、十二使徒定員会
…しかし,人生には,大きな地球規模の問題であろうと,小さな個人的な問題であろうと,霊的に最善を尽くし,熱烈に嘆願し祈っても,切望している勝利を与えられない時があります。ですから,祈りへのこたえを得られるように努め,ともにこたえを待つときに,わたしは使徒として約束します。祈りは聞かれ,こたえられます。たとえそれが望んでいる時期や方法ではないとしても,必ずこたえていただけます。永遠に思いやりのある,全知の親がこたえるべきとされた時期に,こたえるべきとされた方法によってこたえられます。愛する兄弟姉妹の皆さん,眠ることもまどろむこともない御父は,(詩篇121:4参照) 神として行われるどのようなことよりも,御自分の子供たちの幸せと最終的な昇栄に関心を持っておられるということを理解してください。御父は純粋な愛をお持ちの栄光ある御方であり,「憐れみ深い御父」というのがその御名です。

人はこう言うかもしれません。「もしそうなら,御父はその愛と憐れみにより,わたしたちにとっての個人的な紅海を分け,渇いた地で困難を乗り越えられるようにしてくださるのではないか。21世紀のカモメを送り,厄介な21世紀のクリケットを食べ尽くすようにされるのではないか」と。

このような問いに対する答えはこうです。「はい,神は即座に奇跡を行えます。しかし,遅かれ早かれ,わたしたちは,自分の現世の旅の時と季節を定められるのが神であり,神のみであることを学びます。神は一人一人のカレンダーを個別に管理しておられるのです。ベテスダの池に入るのを待っている病人が即座に癒される一方で,(ヨハネ5:2-9参照) 約束の地に入るのを待ちながら砂漠で40年間過ごす人もいます。(民数32:13申命2:7ヨシュア5:6参照) ニーファイとリーハイが信仰のゆえに炎に取り囲まれて神により守られる一方で,(ヒラマン5:20-52参照) 火あぶりにされて焼かれるアビナダイもいます。(モーサヤ17章参照) また,バアルの祭司たちに対する証として即座に天からの火を呼び求めたエリヤが,(列王上18:17-40参照) 何年間もの雨の降らない期間に耐えて,一時は,カラスが運ぶわずかばかりの食物だけで養われたエリヤ(列王上17:1-7参照) と同じ人物であるのを,皆さんは覚えているでしょう。わたし個人の推測ですが,この食べ物は「ハッピーミール」と呼べるようなものではなかったことでしょう。

わたしが言いたいことは何でしょうか。言いたいのは,信仰とは,神がわたしたちのために御腕を現されるのを見るまで苦しみがあるとしても,良い時も悪い時も神を信頼することであるということです。(教義と聖約123:17参照) 現代社会では難しいかもしれません。現代は多くの人が,人生の最高の善はあらゆる苦しみを避けることであり,人はいかなる苦しみも負ってはならないと信じるようになっています。(※) しかし,その考えが「キリストの満ちみちた徳の高さ」にわたしたちを至らしめることは決してありません。(エペソ4:13)

※See Rankin Wilbourne and Brian Gregor, “Jesus Didn’t Suffer to Prove a Philosophical Point,” Christianity Today, Sept. 20, 2019, christianitytoday.com.

 

 

 

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

マタイ13:4-9
まいているうちに、道ばたに落ちた種があった。すると、鳥がきて食べてしまった。 ほかの種は土の薄い石地に落ちた。そこは土が深くないので、すぐ芽を出したが、 日が上ると焼けて、根がないために枯れてしまった。 ほかの種はいばらの地に落ちた。すると、いばらが伸びて、ふさいでしまった。 ほかの種は良い地に落ちて実を結び、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍にもなった。 耳のある者は聞くがよい。


「二人または三人が集まっている所には」2016年4月、ヘンリー・B・アイリング、大管長会
主はこの世で教え導いておられたとき,種と種まきのたとえを話されました。種は神の御言葉,種まきは主を表していました。種が生き延び,生長するかどうかは,土の状態に懸かっていました。皆さんは主の次の御言葉を覚えているでしょう。

「まいているうちに,道ばたに落ちた種があった。すると,鳥がきて食べてしまった。
ほかの種は土の薄い石地に落ちた。そこは土が深くないので,すぐ芽を出したが,
日が上ると焼けて,根がないために枯れてしまった。
ほかの種はいばらの地に落ちた。すると,いばらが伸びて,ふさいでしまった。
ほかの種は良い地に落ちて実を結び,あるものは百倍,あるものは六十倍,あるものは三十倍にもなった。
耳のある者は聞くがよい。」マタイ13:4-9

改めて言いますが,種は神の御言葉であり,土はその種を受け取る人の心です。

… わたしたちは皆,種すなわち神の御言葉をかつて心に植えられました。子供の頃,親に勧められて,権能を持つ人からバプテスマと確認を受けた人もいるでしょうし,神の僕として召された人から教えを受けた人もいるでしょう。わたしたちは皆,それが良い種であると感じ,しかも心の中で膨らむのを感じ,心と思いが広がるように思えるにつれ,喜びを経験しました。

わたしたちの誰もが信仰の試しを受けてきました。貴い祝福がすぐに与えられないこと,信仰を滅ぼそうとする者の悪意に満ちた攻撃,罪を犯すようにという誘惑,心の奥深くにある霊的な部分を耕し,柔らかく保つ努力を自分本位の関心事のために怠ること,などによってです。

かつて感じた喜びを失ったことを悲しんでいる人々は幸いです。信仰が弱まっていることに自分自身で気づかない人もいるのです。サタンは狡猾です。惨めになってほしい人々に,彼らが感じた喜びは子供じみた勝手な思い違いだと教えるのです。

今日わたしが皆さんにお伝えするメッセージは,これからの数日間が,わたしたちの心を柔らかくし,種を受け取り,養い育てることを選ぶ貴い機会となるということです。種は神の御言葉であり,この大会で語られることを視聴し,読むときに,全員に豊かにまかれます。音楽や説教,証は,神の僕が聖霊の導きを熱心に願い求めながら準備したものです。彼らは大会の日が近づくにつれ,より長く,より謙遜に祈り求めてきました。

彼らは皆さんが良い選びをするよう励ます力を求めて祈ってきました。その選びとは,神の善い御言葉が生長して実を結ぶように,自分の心に,より肥沃な土地を生み出すことです。皆さんが御霊を受けつつ耳を傾けるなら,心が和らぎ,信仰が強くなり,主を愛する能力が高まるのを感じるでしょう。

十分に固い決意をもって祈るという選びをすることで,大会中,またその後の数日,数か月にわたって,皆さんの経験は異なってくるでしょう。

 

※2023年4月2-3日総大会

 

 

 

 


 

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

マタイ13:22
また、いばらの中にまかれたものとは、御言を聞くが、世の心づかいと富の惑わしとが御言をふさぐので、実を結ばなくなる人のことである。


「種と土壌について」(英文)1999年10月、ジェームズ・E・ファウスト、大管長会
この難しい時代まで,多くの聡明で,特別な,そして勇気のある霊たちが取っておかれたとわたしは信じています。ティミーという名の一人の聡明な少年のことを今わたしは考えています。

ティミーは農夫のもとを訪れると,つるから下がっているおいしそうなトマトを指差していました。ポケットに持っているお金といえば2セントだけでした。
「おじさん,そのトマトを2セントで売ってください」と少年は言いました。
「そのトマトは5セントだね」と農夫が言いました。
「これならどう」と言ってティミーが指したのは,小粒でまだ緑色のおいしそうに見えないトマトでした。農夫はそれならいいよとうなずきました。「これで決まり」と言って,ティミーは農夫の手に2セントを渡しました。「じゃあ, 1週間くらいしたらもぎに来るからね。」(In Jacob M. Braude. comp,, Braude's Treasury of Wit and Humor. (1964). 175)

若い男性の皆さん,ティミーから学んでください。彼は将来5セントの価値を持つトマトに2セントを投資したのです。皆さんが今,積極的に投資をするならば,過去の世代の人々が成し遂げたと同じように伸大なことを成し遂げる機会を手にすることができるのです。しかし,あまりにも多くの種がいばらの中に落ちて,実りをもたらしていないのです。(マタイ13:22参照)