「わたしに従ってきなさい」の聖句学習 -30ページ目

「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

教義と聖約117:12

さらにまた、わたしはあなたがたに言う。わたしの僕オリバー・グレインジャーを、わたしは覚えている。見よ、まことに、わたしは彼に言う。彼の名前は代々とこしえにいつまでも、神聖に覚えられるであろう、と主は言う。

 

「これらの最も小さい者」2004年10月、ボイド・K・パッカー、十二使徒定員会

今日,わたしたちは次の預言を成就しています。「〔オリバー・グレインジャー〕の名前は代々とこしえにいつまでも,神聖に覚えられるであろう……。」教義と聖約117:12彼は世の中から見れば,偉大な人物ではありませんでした。しかし,主はこう言われました。「だれもわたしの僕オリバー・グレインジャーを軽んじることなく,……祝福がいつまでもとこしえに彼のうえにあるようにしなさい。」教義と聖約117:15

 

だれであっても普通の末日聖徒が示す信仰の力を過少評価しないようにしましょう。次の主の言葉を忘れないでください。「わたしの兄弟であるこれらの最も小さい者のひとりにしたのは,すなわち,わたしにしたのである。」マタイ25:40

 

主は次のように約束されました。「聖霊は常に〔彼ら〕の伴侶となり,〔彼ら〕の笏は義と真理の不変の笏となるであろう。そして,〔彼ら〕の主権は永遠の主権となり,それは強いられることなく,とこしえにいつまでも,〔彼ら〕に流れ込むことであろう。」教義と聖約121:46

 

主の業の発展を止めることのできる力はないのです。ほんとうに何もないのです。

 

「流水はいつまで濁ったままでいられようか。いかなる力が天をとどめるであろうか。全能者が末日聖徒の頭に天から知識を注ぐのを人が妨げようとするのは,人がそのか弱い腕を伸べて,定められた水路を流れるミズーリ川をとどめようとするようなもの,あるいは逆流させようとするようなものである。」教義と聖約121:33

 

これらのことを使徒として証します。イエス・キリストの御名によって,アーメン

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2025年版(BOX)

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

教義と聖約115:6

シオンの地とそのステークに集合することが、防御のためとなり、また嵐と激しい怒りが全地にありのままに注がれるときに、その避け所となるためである。

 

「安全な港を見いだす」2000年4月、ジョセフ・B・ワースリン、十二使徒定員会

カインは主に向かい、「わたしは弟の番人でしょうか」モーセ5:34という質問を投げかけましたが、この間いに対し、末日の預言者はこう答えています。「そうです、わたしたちは兄弟の番人です。」トーマス・S・モンソン副管長はこのように述べています。わたしたちは助けの必要な人の力になるようともに働くとき、「孤独にある人の弱さを取り去り、ともに奉仕する多くの人々の強さを代わりにもたらします。すべてを行うことはできないかもしれませんが、何かができます。しなければならないのです。」(“Our Brothers’ Keepers,”Ensign 1998年6月号、33、38)

 

監督、ホームティーチャー、訪問教師、神権定員会、扶助協会、そのほかの補助組織の会員は皆、助けようとしています。わたしたちの最も安全な港、すなわち「嵐……の避け所」教義と聖約115:6は救い主の教えと教会によって築かれています。

 

もちろん、教会の兄弟姉妹は皆さんのために、皆さんの問題そのものを解決すべきではありません。これまでの経験によると、問題を抱える人ができること、すべきことを代わって行うと、相手を強めるどころかむしろ弱めてしまいます。しかし、兄弟姉妹は皆さんのそばにいて、皆さんを強め、励まし、助けてくれることでしょう。

 

人生での逆境を克服するにつれ、皆さんは強くなります。そして今度は、激しい嵐に遭って、安全な港を探そうと努めている人々に、より大きな助けをもたらすことができるようになります。

 

皆さんが人生において、嵐に揺さぶられ、波が高まり風がうなるように感じるようなとき、心の中で「先生、わたしどもがおぼれ死んでも、おかまいにならないのですか」と叫んだとしても無理からぬことかもしれません。そのようなときは、救い主が舟の艦で目を覚まし、起き上がって嵐を叱責しっせきされた日のことを思い出してください。主は「静まれ、黙れ」と言われました。マルコ4:39

 

時に、わたしたちはこう考えがちです。救い主は自分の試練など気にかけてはくださらない、と。しかしほんとうはまったく逆です。目を覚まし、救い主の教えに心を向ける必要があるのはわたしたちなのです。

 

試練を克服するため、自らの創意、勢力、力を用いてください。できることはすべて行い、それ以上は主にゆだねてください。ハワード・W・ハンター大管長はこのように述べています。「わたしたちの生活と信仰が、イエス・キリストと回復された主の福音を中心とするものであれば、たとえ道からそれることがあっても、いずれ正しい道へと導かれます。しかし反対に、わたしたちの生活と信仰が、イエス・キリストとその教えを中心とするものでなければ、一時的な成功をどれほど得ても、いつか道を誤ります。」The Teachings of Howard W. Hunter、 クライド・J・ウィリアムズ編(1997年)、40)

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2025年版(BOX)

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

教義と聖約115:6

シオンの地とそのステークに集合することが、防御のためとなり、また嵐と激しい怒りが全地にありのままに注がれるときに、その避け所となるためである。

 

「万事がわたしたちの益となるように」2024年4月、ゲレット・W・ゴング、十二使徒定員会

世界中の教会では,約3,500のステークや地方部,そして約30,000のワードや支部が,安全と安らぎを提供しています。教義と聖約115:6参照)ステークやワードの多くの信仰深い家族や個人が,(まだどのような方法かは知らぬまま)物事がわたしたちの益となるように,信仰を働かせ,困難な課題に立ち向かっています。

 

イギリスのハダースフィールドでは,サムエル・ブリッジストック兄弟が新しいステーク会長として召される直前に,ステージ4のがんと診断されました。絶望的な診断を受けた彼は,妻のアンナに,面接に行く意味があるのかと尋ねました。

 

ブリッジストック姉妹は言いました。「ええ,あなたがステーク会長として召されるんですからね。」

 

当初,余命1,2年と宣告されていたブリッジストック会長は,(今日もこの場にいますが,)現在奉仕4年目を迎えています。良い日もあればつらい日もあります。彼のステークは信仰,奉仕,親切心を増して団結しています。容易なことではないですが,彼の妻と家族は,イエス・キリストの回復する贖罪が永遠の喜びになると信じ,信仰と感謝,そしてこの悲しみをも乗り越えようとともに生きています。(困難に直面したときの信仰は,モルモン書が説明する「神をのろい,死ぬことを願〔う〕」けれども「自分の命を守るために剣で戦おうとした」人々の実存的な苦悩や絶望とは正反対のものです。(モルモン2:14))

 

わたしたちが静かに,心を開き,敬虔になるとき,主が与えてくださる聖約の麗しさ,目的,安らぎを感じることができるでしょう。神聖な瞬間に,主は永遠の壮大さをわたしたちに垣間見せてくださるかもしれません。日常生活とはその永遠の一部であり,そこでは小さな簡単なことが与え手と受け手の益になるのです。

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2025年版(BOX)