300人から成る暴徒たちの主導者は,エドワードとチャールズにモルモン書への信仰を捨てるか,さもなければ町を去るよう要求しました。エドワード・パートリッジはこう答えました。「自分の宗教のために苦しまなければならないとしても,先駆者たちも同じ苦しみを受けているのだ。わたしには郡のだれかを傷つけた覚えはなく,従って立ち去ることには同意しない。わたしはだれも傷つけたことはない。もしもわたしに危害を加えるのなら,無実の者を傷つけるのだ。」暴徒たちは,皮膚を溶かす真珠の灰を含んだ熱いタールをエドワードとチャールズの頭から足まで塗りつけ,その上に羽毛を付けました。(B・H・ロバーツ,A Comprehensive History of the Church,第1 巻,333;アンドリュー・ジェンソン,Latter-day Saint Biographical Encyclopedia,全4巻(1901-1936年)第1巻,220)
預言者ジョセフ・スミスは,何年か後,46歳で他界したエドワードの死をこのように述べました。「エドワードはミズーリでの迫害の結果,命を落とした。そして,彼は,その血の責任を暴徒たちに要求する者の一人に数えられる。」(History of the Church,第4巻,132)エドワード・パートリッジは,大勢の義にかなった子孫たちの心に生き続ける遺産を残しました。