「わたしに従ってきなさい」の聖句学習 -224ページ目

「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

モーサヤ13:5

さて、アビナダイがこれらの言葉を語ったところ、ノア王の民はあえて彼に手をかけようとしなかった。主の御霊がアビナダイのうえにあったからである。そして、彼の顔は非常な輝きを放っていた。それはまるで、モーセがシナイの山で主と語ったときの顔の輝きのようであった。

 

「顔に表れてくる」(英文)2006年4月、イレイン・S・ダルトン、中央若い女性会長

一人の義にかなった若い女性が世界を変えることができるでしょうか。「できます」と響き渡る声がその答えです。聖霊は皆さんの導き手であり、「あなたがたがなすべきことをすべてあなたがたに示される」2ニーファイ32:5でしょう。毎日の祈り、毎日の聖文研究、毎日の従順な行い、毎日の奉仕など、毎日変わらず行う事柄によって皆さんは先に立つ者になり、模範になるのです。これらを行うなら、救い主に近づき、ますます救い主のようになることができます。モーセやアビナダイなどの忠実な指導者と同様に、出エジプト34:30; モーサヤ13:5; マタイ17:1–2皆さんの顔は信仰の輝きを放つでしょう。皆さんは「あなたがたの顔に神の面影を受けてい」ますか。アルマ5:14「立って光を放ちなさい。」

 

 

 

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

モーサヤ12:27

あなたがたは心を注いで理解しようとしてこなかった。したがって、あなたがたは賢明ではなかった。あなたがたはこの民に何を教えているのか。

 

「心で学ぶ」2012年10月、ウォルター・F・ゴンサレス、七十人会長会

キリストのみもとに来る一つの方法は,重要な真理を心で知ろうと努めることです。そうすることで神から受ける印象を通して,ほかの方法では得られない知識を受けることができます。使徒ペテロは,イエスがキリストであり,生ける神の御子であられることを確かに知っていました。救い主は,ペテロの知識の源は「血肉ではなく,天にいますわたしの父である」マタイ16:16-17参照)と説明されました。

 

預言者アビナダイはわたしたちの心に神からもたらされる感情の役割について説明しました。わたしたちが心を注いで理解しようとしないかぎり聖文を完全には理解できないと教えたのです。モーサヤ12:27参照)

 

この真理は,アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリが書いた児童書『星の王子さま』の中で見事に描かれています。物語の中で星の王子様はきつねと仲良くなります。別れ際にきつねは星の王子様に秘密を打ち明けます。「さっきの秘密をいおうかね。……心で見なくちゃ,ものごとはよく見えないってことさ。かんじんなことは,目に見えないんだよ。」(アントワーヌ・ド・サン・テグジュペリ『星の王子さま』岩波少年文庫,内藤濯訳,115)

 

 

 

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

モーサヤ12:27

あなたがたは心を注いで理解しようとしてこなかった。したがって、あなたがたは賢明ではなかった。あなたがたはこの民に何を教えているのか。

 

「神は涙をことごとくぬぐい取ってくださる」2016年10月、エバン・ A・シュムツ、七十人

キリストを信じる信仰のレンズを通して人生の困難な経験を見るときに,試練には神が定められた目的があることを理解できます。忠実な人には,ペテロの一見矛盾する勧告に含まれる真理を経験することができるのです。ペテロはこのように書いています。「万一義のために苦しむようなことがあっても,あなたがたはさいわいである。」 1ペテロ3:14「心を注いで理解しようと〔する〕」モーサヤ12:27ときに,試練をよく堪え忍ぶ能力とともに,試練から学び,それにより精錬される能力が増します。そのような理解は,「なぜ善良な人に悪いことが起こるのか」という不変の疑問への答えを与えてくれます。