そして、民の声はアムリサイに反対であったので、彼は民を治める王になれなかった。
さてこれは、彼に反対であった人々には大いに喜ばしいことであった。しかし、アムリサイは自分に好意を寄せる者たちを扇動し、自分に好意を寄せない人々に対して怒りを抱かせた。
そして、彼らは集まり、アムリサイを自分たちの王に任じた。
さて、アムリサイは彼らを治める王になると、同胞に対して武器を取るように彼らに命じた。彼は民を自分に従わせようとして、このように行ったのである。
ところで、アムリサイの民はアムリサイの名で区別されて、アムリサイ人と呼ばれ、残りの者はニーファイ人、すなわち神の民と呼ばれた。
ニーファイ人はアムリサイ人の意図を知って、彼らと戦いを交える用意をした。まことに、彼らは剣と三日月刀、弓と矢、また石と石投げ、そのほかあらゆる武器で武装した。
このように、彼らはアムリサイ人が攻めて来たときのために、彼らと戦いを交える用意をした。また、人数に応じて隊長と大隊長、連隊長が任命された。
「絶えず祈りに気を配る(アルマ34:39;モロナイ6:4;ルカ21:36)」2019年10月、デビッド・A・ベドナー、十二使徒定員会
肉体は,御父の幸福の計画とわたしたちの霊的な成長のまさに中核を成すものであるため,ルシフェルは肉体を不適切に用いるよう誘惑することで,進歩を妨げようとするのです。ラッセル・M・ネルソン大管長は,霊的な安全は,結局のところ「皆さんが行くべきでない所や行うべきではないことへと向かわせる,魅力的と思える最初の一歩を決して踏み出さないこと」にあると教えています。「人間として,わたしたちは皆,生き抜くために必要となる〔肉体的な〕欲求を抱えており,こうした欲求は,生命の存続に絶対的に不可欠なものです。では,サタンはどうするでしょう。……サタンはこの欲求を利用してわたしたちを攻撃します。食べるべきでないものを食べ,飲むべきでないものを飲み,愛すべきでない方法で愛するよう,わたしたちを誘惑するのです。」(Russell M. Nelson, in “Advice from the Prophet of the Church to Millennials Living in a Hectic World,”Newsroom, Feb. 18, 2018)
まさに肉体がないがゆえに惨めな状態にあるサタンが,肉体を不適切に使うよう誘い,そそのかすことで,わたしたちも惨めにさせようしているのは,永遠にわたる究極の皮肉だと言えるでしょう。このように,サタンにとって,自分が持っていない,使うこともできないツールこそが,わたしたちを肉体的および霊的な滅びへと誘い込むために攻撃する一番の標的なのです。
敵の意図を理解することは,今後見込まれる攻撃に対して効果的に備えるうえできわめて重要です。(アルマ2:7-13参照)司令官モロナイはレーマン人の意図を知っていたからこそ,レーマン人がやって来たときに迎え撃つ備えができており,勝利を収めることができたのです。(アルマ43:29-33,48-50参照)同じ原則と約束は,わたしたち一人一人にも当てはまります。
「備えていれば恐れることはない。
あなたがたが敵の力から逃れ……られるため〔である。〕」(教義と聖約38:30-31)


