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「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

アルマ36:2

あなたはわたしと同じように、わたしたちの先祖が囚われの身にあったことを思い起こしてもらいたい。わたしたちの先祖は奴隷の状態にあり、アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神のほかにはだれも彼らを救い出せなかった。そして神は、確かに苦難の中にいる彼らを救い出された。

 

「神の慈しみと偉大さを深く考える」2020年4月、デール・G・レンランド、十二使徒定員会

驚くべき変化を遂げた一つの例は,息子アルマです。アルマが「神に背いて歩き回ってい〔る〕」と,モーサヤ27:11天使が現れ,「雷のような声」をとどろかせて,モーサヤ27:11教会を迫害したり「民の心を奪っ〔たりし〕て」モーサヤ27:913節も参照)はならないと叱責しました。天使はさらにこう訓戒します。「あなたの先祖が……囚われの状態にあったことを思い出しなさい。また,神があなたの先祖のために,どれほど大いなることを行われたかを思い起こしなさい。」モーサヤ27:16考えうるあらゆる勧告の中で天使が強調したのが,これでした。

 

アルマは悔い改め,思い起こしました。後にアルマは,天使のこの訓戒を息子ヒラマンに伝えて,こう勧告しています。「あなたはわたしと同じように,わたしたちの先祖が囚われの身にあったことを思い起こしてもらいたい。わたしたちの先祖は奴隷の状態にあり,アブラハム……,イサク……,ヤコブの神のほかにはだれも彼らを救い出せなかった。そして神は,確かに苦難の中にいる彼らを救い出された。」アルマ36:2アルマは「わたしは神を信頼している」アルマ36:27と簡潔に言いました。束縛から解放され,「あらゆる試練と災難」アルマ36:27-29参照)の中で支えられたことを思い起こすことによって神を知り,神の約束が必ず果たされることを知るようになることを,アルマは理解していたのです。

 

アルマほど劇的な経験をする人はほとんどいませんが,同じように心の底から変わることはできます。救い主は昔,次のように固く約束されました。

 

「わたしは新しい心をあなたがたに与え,新しい霊をあなたがたの内に授け,……石の心を除いて,肉の心を与える。

 

わたしはまたわが霊をあなたがたのうちに置いて,……

 

あなたがたは……わが民となり,わたしはあなたがたの神となる。」エゼキエル36:26-28

 

 

 

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

アルマ32:28

さて、御言葉を一つの種にたとえてみよう。さて、もしあなたがたが心の中に場所を設けて、種をそこに植えるようにするならば、見よ、それがほんとうの種、すなわち良い種であり、またあなたがたが主の御霊に逆らおうとする不信仰によってそれを捨てるようなことがなければ、見よ、その種はあなたがたの心の中でふくらみ始めるであろう。そして、あなたがたは種がふくらみつつあるのを感じると、心の中で次のように思うであろう。『これは良い種、すなわち御言葉は良いものに違いない。これはわたしの心を広げ、わたしの理解力に光を注ぎ、まことに、それはわたしに良い気持ちを与え始めている。』

 

「あなたの伴侶としての聖霊」2015年10月、ヘンリー・B・アイリング、大管長会

つまり,多くの理由で,聖霊を常に伴侶とする必要があるのです。たとえ望んだとしても,その状態を保つことが容易でないことは,経験から誰もが承知しています。わたしたちは,普段の思いや言葉や行いによって御霊を傷つけています。慈愛で心を満たし,絶えず徳で思いを飾るときに,聖霊は常に伴侶となってくださると,主は教えられました教義と聖約121:45 参照)

 

御霊を伴侶とするという賜物にふさわしくなるために,高い標準を満たそうと格闘している人々に,この励ましの言葉を贈ります。皆さんは聖霊の影響を感じたことがあります。あなたにとって,それは今日だったかもしれません。

 

そのような霊的な瞬間を,アルマが語った信仰の種だと考えて,一粒ずつ植えてみてくださいアルマ32:28 参照)。促しに従うことが,種を植えることです。最も大切なのは,神が自分に何をするよう望んでおられるかを教える霊感です。それが什分の一でも,悲しむ友人を訪れることでも,従うのです。何であれ促しに従ってください。従う意思を示すなら,御霊は神の御心を教える霊感をもっと送ってくださるようになるでしょう。

 

促しに従うにつれ,もっと頻繁に御霊の促しを受けるようになり,常に伴侶である状態に少しずつ近づいていきます。正しいことを選択する力が増すのです。

 

主のために行動する促しが自分の願望ではなく御霊から来ているかどうか,自分で知ることができます。促しが救い主や主の預言者の言葉と一致しているときには,自信をもって従うことを選択してください。そうするならば,主は皆さんを助けるために御霊を遣わしてくださいます。

 

 

 

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

アルマ32:27

しかし見よ、もしあなたがたが目を覚まし、能力を尽くしてわたしの言葉を試し、ごくわずかな信仰でも働かせようとするならば、たとえ信じようとする望みを持つだけでもよい。わたしの言葉の一部分でも受け入れることができるほどの信仰になるまで、その望みを育ててゆけ。

 

「主はあなたを肩に乗せて家に連れ帰ってくださるでしょう」2016年4月、ディーター・F・ウークトドルフ、大管長会

愛に満ちた天の御父は全ての子供がみもとに戻ることを望んでおられますが,無理やり天に連れて帰るようなことはなさいません。わたしたちの意思に反して救助されることはないのです。

 

では,わたしたちは何をしなければならないのでしょうか。

 

主の招きはシンプルです。

 

「わたしに帰〔りなさい〕。」ヨエル2:12

 

「わたしのもとにきなさい。」マタイ11:28

 

「わたしに近づきなさい。そうすれば,わたしはあなたがたに近づこう。」教義と聖約88:63

 

これが,救助されたいと望んでいることを主に示す方法です。

 

少々信仰が必要ですが,落胆しないでください。今信仰を奮い起こすことができないなら,まずは希望を持ちましょう。

 

神の存在を知っていると言えないならば,神の存在に希望を持ってください。信じようとする望みを持つだけでも始めるには十分です。アルマ32:27参照)

 

次に,その希望に基づいて行動し,天の御父と心を通わせます。すると,神は皆さんに愛を注がれ,主の救助の業と心の変化が始まるでしょう。

 

時がたつにつれ,生活の中で主の御手を認識し,主の愛を感じるようになるでしょう。信仰を持って一歩ずつ歩むときに,主の光の中を歩み,主の道に従いたいという望みが増すでしょう。

 

この信仰の歩みを「従順」と呼びます。

 

今日,この言葉はあまり人気のある言葉ではありません。しかし,従順はイエス・キリストの福音の大切な概念です。なぜなら,わたしたちは,「キリストの贖罪により,全人類は福音の律法と儀式に従うことによって救われ得る」信仰箇条1:3ことを知っているからです。

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2024年版(BOX)