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「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

民数11:29

モーセは彼に言った、「あなたは、わたしのためを思って、ねたみを起しているのか。主の民がみな預言者となり、主がその霊を彼らに与えられることは、願わしいことだ」。

 

「証という永遠の賜物」2025年10月、ケビン・G・ブラウン、七十人

わたしは美しいジャマイカで育ちました。楽しく、すばらしい経験でした。しかし、高校に入学したとき、クラスメートや友人の中には、イエス・キリスト教会の会員になるというわたしの選びを理解できなかった人もいました。「あの教会に加わるなんてどういうこと」と聞かれたり、最初の示現について、「どうしてあんな話を信じられるの」や、モルモン書について、「あんな本を読んでいるなんてありえない」とも言われたりしました。「ほんとうに全部信じているの?」「何で人生を無駄にしようとしているの」と聞かれたこともあります。

 

心が痛みました。自分が大切に思っている人たちから言われたときはなおさらです。

 

しかし彼らが知らなかったのは、わたしが聖霊を感じる経験をしていたことです。証がわたしの心を満たしていたので、日々の心の痛みは和らぎ、証が「ひとときみ座(くら)を〔わたしに〕示」してくれました。(「『賛美歌』77番)

 

恐らく皆さんも、こういった質問やほかの事柄を尋ねられたことがあるでしょう。かつてのわたしのように、今まさに質問攻めに遭っているかもしれません。

 

聖霊の賜物と証は、すべての人が得られるものです。民数11:29ヤコブの手紙1:5参照)

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2026年版(BOX)

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

民数11:20

一か月に及び、ついにあなたがたの鼻から出るようになり、あなたがたは、それに飽き果てるであろう。それはあなたがたのうちにおられる主を軽んじて、その前に泣き、なぜ、わたしたちはエジプトから出てきたのだろうと言ったからである。

 

「つぶやくことなかれ」(英文)1989年10月、ニール・A・マックスウェル、十二使徒定員会

しかし、あくびがときには言葉以上の意味を伝えてしまうように、つぶやきもただの言葉以上の意味を持つことがあります。私たちのつぶやきのいくつかは、昔民がモーセに向けてつぶやいたように、本当は主に向けられたものであることが明らかです出エジプト16:81ニーファイ16:20参照)

 

つぶやきは、生まれながらに肉欲に従う人間にとってはごく自然のことのように思えます。聖典の中にも随所にこのつぶやきが見られます。パンと水がほしい民数21:5参照)。救援が来ないアルマ60参照)。なぜエジプトを離れたのか民数11:20参照)。なぜエルサレムを離れたのか1ニーファイ2:11参照)。不信者からの迫害へのつぶやきや、教会の名前についてのつぶやきさえありますモーサヤ27:13ニーファイ27:3-4参照)。皮肉にも、新たな聖典の出現にもつぶやきがついてまわります2ニーファイ29:8参照)

 

古代の聖典に見られるつぶやきの例として、カインの捧げ物がありますが、これは私たちの行ないだけでなく、心も大切であることを教えていますモーセ5:20-21参照)。カインはアベルの捧げ物が受け入れられたのに、自分の捧げ物は退けられたことに立腹しました。私たちもときどき、ほかの人の方が自分より多く愛されているのではないかと思うことがあります。もっと悪いのは、主の望みどおりではなく、自分の望みどおりに受け入れられたいと思うことです。

 

つぶやきの原因は、人生は楽なものだと思うことにあります。行く先々の信号はみな青で、駐車場はいつも空いているという状態を思い浮かべてしまうからなのです。

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2026年版(BOX)

 

 

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

民数11:16-17

主はモーセに言われた、「イスラエルの長老たちのうち、民の長老となり、つかさとなるべきことを、あなたが知っている者七十人をわたしのもとに集め、会見の幕屋に連れてきて、そこにあなたと共に立たせなさい。

わたしは下って、その所で、あなたと語り、またわたしはあなたの上にある霊を、彼らにも分け与えるであろう。彼らはあなたと共に、民の重荷を負い、あなたが、ただひとりで、それを負うことのないようにするであろう。

 

「弟子として担う喜びに満ちた責務」2014年4月、ロナルド・A・ラズバンド、七十人会長会

昨年5月20日,巨大な竜巻がアメリカ大陸中心部のオクラホマシティー郊外を襲い,幅1.6キロ,長さ27キロを超える爪跡を残しました。壊滅的なこの竜巻の猛威により,被災地の景観と住民の生活は一変してしまいました。

 

この巨大な竜巻が襲ってからちょうど1週間後,わたしは,家屋も家財も吹き飛ばされ,壊滅的な被害を受けた被災地を訪問する割り当てを受けました。

 

出発前に,愛する預言者トーマス・S・モンソン大管長と言葉を交わしました。大管長は主の代理としてこうした用向きを果たしています。大管長の職だけでなく,優しい人柄に対する尊敬の念を込めて,わたしは尋ねました。「わたしに何をするよう,また,何と言うようお望みですか。」

 

大管長は優しくわたしの手を取りました。被災者,そして被災地で働く支援者がその場にいたら,一人一人にそのようにしたことでしょう。大管長はこう言いました。

 

「まず,わたしが彼らを愛していると伝えてください。」

 

「次に,わたしが彼らのために祈っていると伝えてください。」

 

「3番目に,助けてくれている全ての人に感謝を伝えてください。」

 

七十人会長会の一員としてわたしは,主がモーセに語られた言葉の重みを自分の肩に感じることができました。

 

「民の長老となり,つかさとなるべきことを,あなたがたが知っている者七十人をわたしのもとに集め〔なさい。〕……

 

わたしは下って,その所で,あなたと語り,またわたしは〔モーセ〕の上にある霊を,彼らにも分け与えるであろう。彼らはあなたと共に,民の重荷を負い,あなたが,ただひとりで,それを負うことのないようにするであろう。」民数11:16-17

 

これは古代に言われた言葉ですが,主の方法は今も変わっていません。

 

現在教会では, 317人の七十人が主から召されており,8つの定員会で奉仕し,大管長会のうえに置かれた責務に携わる十二使徒を補佐しています。わたしは他の中央幹部と同様,喜びながらも,その責務の重さを心に深く感じています。しかし,わたしたち幹部だけがこの輝かしい業を支えているわけではありません。世界中の教会員は皆,ほかの人の生活を祝福するすばらしい機会に恵まれているのです。

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2026年版(BOX)