「わたしに従ってきなさい」の聖句学習 -17ページ目

「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

エステル3:8

そしてハマンはアハシュエロス王に言った、「お国の各州にいる諸民のうちに、散らされて、別れ別れになっている一つの民がいます。その法律は他のすべての民のものと異なり、また彼らは王の法律を守りません。それゆえ彼らを許しておくことは王のためになりません。

 

「勇気を持てるように」(英文)2009年4月、トーマス・S・モンソン大管長

皆さんの多くは、『旧約聖書』のエステルの話をよく知っているでしょう。美しいユダヤ人の少女について記された、大変興味深く、霊感に満ちた話です。エステルは両親を亡くし、年長のいとこのモルデカイとその妻に育てられました。モルデカイはペルシャ王に仕えていました。王が新しい王妃を探していたとき、モルデカイはエステルを宮殿に連れて行き、候補者として差し出しましたが、ユダヤ人であるという素性を隠すよう彼女に勧めました。王はほかのだれよりもエステルを気に入り、エステルを王妃にしました。

 

王宮の大臣の長であったハマンは、モルデカイに怒りを募らせていました。モルデカイがハマンに頭を下げて敬礼しなかったからです。その報復としてハマンは、国中の127の州の中にほかの民と異なる法律を持ち、王の法律に従わない「一つの民」がおり、彼らを滅ぼすべきであると、よこしまな方法で王を説得したのです(エステル3:8参照)。ハマンはこの民の名前を王に告げませんでしたが、それはもちろんユダヤ人であり、モルデカイもその一人でした。

 

王からその件に対処する許可を得たハマンは、各州の知事に手紙を送り、「十二月……の十三日に……すべてのユダヤ人を、若い者、老いた者、子供、女の別なく、ことごとく滅ぼし、殺し、絶や〔す〕」よう命じました(エステル3:13)。

 

モルデカイは侍従を通して、ユダヤ人に関して発布された詔書についてエステルに告げ、民のために王に哀れみを請い願うように頼みました。最初、エステルはためらい、王宮の内庭へ入ることは法律で禁じられているとモルデカイに話しました。そのようなことをすれば罰として殺されるのです。ただし、王がその者に金の笏を伸ばせば生きることができます。

 

躊躇したエステルに送ったモルデカイの応答は的を射たものでした。彼はこのように書きました。

「あなたは王宮にいるゆえ、すべてのユダヤ人と異なり、難を免れるだろうと思ってはならない。

あなたがもし、このような時に黙っているならば、……あなたとあなたの父の家とは滅びるでしょう。」(エステル4:13-14)

 

そして、次のような鋭い質問をしたのです。

「あなたがこの国に迎えられたのは、このような時のためでなかったとだれが知りましょう。」(エステル4:14)

 

エステルはモルデカイに、すべてのユダヤ人を集め、彼女のために断食するように頼み、彼女と侍女たちも同様にすると言いました。エステルはこう言いました。「わたしは法律にそむくことですが王のもとへ行きます。わたしがもし死なねばならないのなら、死にます。」(エステル4:16)エステルは勇気を振り絞り、正義のためにしっかりと動じないで立ち向かったのです。

 

肉体的にも情緒的にも、また霊的にも準備をしたエステルは王宮の内庭に立ちました。王は彼女を見ると、金の笏を伸ばし、求めるものは何でも与えると言いました。エステルは彼女が設けた酒宴に王を招きました。酒宴の間に、エステルは自分がユダヤ人であることを告げ、国内のユダヤ人を根絶しようとするハマンの悪巧みを暴きました。自分と自分の民を救うよう願ったエステルの嘆願は聞き届けられました(エステル7~8章参照)。

 

エステルは、断食と信仰と勇気によって、民族を救ったのです。

 

皆さんは恐らく、エステルのように、信念のために自分の命を危険にさらすよう求められることはないでしょう。しかし、真理と義を固く守るときに、大きな勇気を求められることがあるでしょう。

 

愛する若い姉妹の皆さん、世の中には絶えず問題がありますが、皆さんが直面するものの多くは、現代特有の問題です。でも、皆さんは天の御父の最も強い子供たちに数えられており、「このような時のため」(エステル4:14)に地上に来るよう取っておかれました。主の助けがあれば、皆さんはどのようなことをも乗り越える勇気を持つことができます。世の中が暗闇のように見えるときがあっても、皆さんは道を照らすかがり火となる福音の光を持っているのです。

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2026年版(BOX)

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

エステル2:17

王はすべての婦人にまさってエステルを愛したので、彼女はすべての処女にまさって王の前に恵みといつくしみとを得た。王はついに王妃の冠を彼女の頭にいただかせ、ワシテに代って王妃とした。

 

「このような時のために」(英文)1997年10月、メアリー・エレン・スムート、中央扶助協会会長

『旧約聖書』の中に、アハシュエロス王に仕えたエステルとモルデカイについての物語が書かれています。モルデカイは、両親を亡くしたエステルを自分の娘として引き取りました。彼はエステルを宮殿に連れて行きました。エステルは王に気に入られ、その妃となりました(エステル2:17参照)。

 

王の宮廷にハマンという指導者がいて、彼は自分に敬礼をしようとしないモルデカイに腹を立てるようになりました。そして彼は、モルデカイとすべてのユダヤ人を滅ぼす策略を立てました。

 

自分の民に迫ってきた死の危険を知ったモルデカイは、王に助けを求めるようにエステルに頼みました。「あなたがもし、このような時に黙っているならば、ほかの所から、助けと救いがユダヤ人のために起こるでしょう。しかし、あなたとあなたの父の家とは滅びるでしょう。あなたがこの国に迎えられたのは、このような時のためでなかったとだれが知りましょう。」(エステル4:14)

 

エステルの進退窮まる状況について深く考えてみてください。王からの召しがないのに、その前に出るのは法に反することでした。そのようなことをすれば、死刑に処せられました。エステルは何もせずに静かにしていれば、ぜいたくで安楽な生活を続けられたかもしれません。彼女は王妃としての生活を続けるか、自分の命を賭して家族と同胞を救うかの選択を迫られたのです。彼女は自分にどのような犠牲が求められるのかを考え、同胞と自分自身の切なる望みに従う道を選びました。

 

エステルはモルデカイに、スサのすべてのユダヤ人を集めて自分のために3日間断食させるように求め、自分も侍女たちと一緒に断食をしました。そして彼女はこう言ったのです。「わたしは法律にそむくことですが王のもとへ行きます。わたしがもし死なねばならないのなら、死にます。」(エステル4:16)

 

エステルは霊的な備えをしたうえで、王に近づきました。エステルのその行動は王に受け入れられ、彼女は自分が準備した宴に王とハマンを招きました。その宴の最中にハマンの策略が暴かれ、モルデカイは大きな誉れを得ました。このような時のために生まれていたエステルは、同胞を救いました。

 

わたしはこれまでに、フィンランド、アイダホ、ブラジル、ワシントンD.C.、ロシアなどを旅してきましたが、どこへ行ってもイエス・キリストの福音がその機能を果たし、勇敢で忠実な姉妹たちの顔に福音の光が輝いているのを目にしてきました。わたしはこれまで、自分たちは「このような時のため」(エステル4:14)に生まれてきたのだという証を受けてきました。

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2026年版(BOX)

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

ネヘミヤ6:3

それでわたしは彼らに使者をつかわして言わせた、「わたしは大いなる工事をしているから下って行くことはできない。どうしてこの工事をさしおいて、あなたがたの所へ下って行き、その間、工事をやめることができようか」。

 

「聖なる場所に堅く立ちなさい」2013年4月、ロバート・D・ヘイルズ、十二使徒定員会

何よりも,救い主を信じる信仰を持ってください。恐れてはなりません。熱心に福音に従うならば,わたしたちは主にあって強くなります。主の力がともにあれば,「飲み食いし,楽しみなさい。……神は少しの罪を犯すことは許してくださる。……これは少しも悪いことではない。わたしたちは明日は死ぬ身なのだから……。」(2ニーファイ28:8)と言う反キリスト者を拒むことができます。いかなる哲学や信条が,救い主を否定し,神のすべての子供たちのために立てられた偉大な永遠の幸福の計画に異議を唱えようとも,主の力があれば,わたしたちはこれらすべてに立ち向かうことができるのです。

 

その永遠の計画の条件について議論を挟む権限はわたしたちにはありません。エルサレムを守る城壁を築く任務を受けたネヘミヤを思い出してください。責任を放棄して下って来るよう求められても,拒否しました。独善的だったわけではありません。端的にこう説明しています。「わたしは大いなる工事をしているから下って行くことはできない。どうして……工事をやめることができようか。」(ネヘミヤ6:3)

 

時には避雷針になって,神の標準を守り,神の業を行うためにあざけりを堪え忍ばなければならないこともあります。神の教義を基にして生活しているのであれば恐れる必要はないことを証します。誤解や批判,さらに言われのない非難まで受けることがあるかもしれませんが,わたしたちは決して独りではありません。救い主は「侮られて人に捨てられ」(イザヤ53:3 ;モーサヤ14:3)ました。救い主とともに立つことは,わたしたちの神聖な特権です。

 

皮肉なことに,堅く立つことがこの世から距離を置くことや,この世から離れることを意味することさえあります。救い主は「サタンよ,引き下がれ」(ルカ4:8 訳註:「サタンよ,引き下がれ」という意味の言葉は日本語訳にはない。)と言われました。エジプトに売られたヨセフはポテパルの妻の誘惑から逃れるために走って逃げ,(創世39:7-12参照)リーハイはエルサレムを後にして家族を連れて荒れ野に向かいました。(1ニーファイ2章参照)

 

安心してください。わたしたちより前の預言者も皆,それぞれの時代で堅く立ったのです。

 

ニーファイはサタンに打たれ,兄のレーマンとレムエルから迫害されながらも,主の特別な業を成し遂げました。(1ニーファイ18章などの例を参照)

 

アビナダイは自分の言葉を信じない人,自分をあざける人に向かってキリストのことを証し,死をも恐れませんでした。(モーサヤ11-17章参照)

 

2千人の若い兵士たちは,福音を軽視する人々から家族を守りました。(アルマ53,56-58章参照)

 

モロナイは,自由の旗を掲げて自分の民の家族と信仰の自由を守りました。(アルマ46:11-13参照)

 

サムエルは城壁の上に立ち,石や槍を投げつけられながらも,キリストが来られることを預言しました。(ヒラマン13-16章参照)

 

預言者ジョセフ・スミスは救い主の福音を回復し,血をもって自分の証を結び固めました。(教義と聖約135章参照)

 

そして,モルモンの開拓者たちは,ひどい反対や苦難に遭いながらも堅く立ち,預言者に従って長い距離を旅し,西部に定住しました。

 

これらの神の僕と聖徒が堅く立つことができたのは,救い主とともに立っていたからです。救い主がいかに堅く立っておられたかを考えてください。

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2026年版(BOX)