「わたしに従ってきなさい」の聖句学習 -17ページ目

「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

申命6:1-6

これはあなたがたの神、主があなたがたに教えよと命じられた命令と、定めと、おきてであって、あなたがたは渡って行って獲る地で、これを行わなければならない。

これはあなたが子や孫と共に、あなたの生きながらえる日の間、つねにあなたの神、主を恐れて、わたしが命じるもろもろの定めと、命令とを守らせるため、またあなたが長く命を保つことのできるためである。

それゆえ、イスラエルよ、聞いて、それを守り行え。そうすれば、あなたはさいわいを得、あなたの先祖の神、主があなたに言われたように、乳と蜜の流れる国で、あなたの数は大いに増すであろう。

イスラエルよ聞け。われわれの神、主は唯一の主である。

あなたは心をつくし、精神をつくし、力をつくして、あなたの神、主を愛さなければならない。

きょう、わたしがあなたに命じるこれらの言葉をあなたの心に留め、

 

「完全な希望の輝き」2020年4月、ジェフリー・R・ホランド、十二使徒定員会

わたしたちはこのように,200年にわたり神が世を慈しんでこられたことを振り返りました。それでは,先を見据えてみるとどうでしょうか。わたしたちには,まだかなえられていない多くの希望があります。こうして語っている間にも,わたしたちは「総力を挙げて」COVID-19との闘いを繰り広げています。砂粒の1,000分の1に満たない大きさのウイルスが,全人類と世界経済を服従させ得ることをうそ偽りなく思い起こさせるものです。この現代の病の内に愛する人々を失った方々,また現在感染している方々のため祈ります。また,もちろん素晴らしい医療を提供してくださっている方々のためにも祈ります。わたしたちがこの問題に打ち勝つとき—じきにそれは起きますが—そのときにわたしたちが,飢えというウイルスが存在しない世界,貧困というウイルスから解放された地域や国家を目にするための同様の決意を持っていることができますように。生徒たちが銃撃におびえることなく教えを受けられる学校,また,いかなる形であれ,人種的,民族的,あるいは文化的偏見により損なわれることのない,神のあらゆる子供たちに対する個人の尊厳という賜物を待ち望んでいます。これらすべての基盤となっているのは,あらゆる戒めの中で最も大切な二つの戒めに対する献身の度合いを高めたいという絶えることなき希望,すなわち主の勧告を心に留めることにより神を愛し,また親切と思いやり,忍耐と赦しをもって隣人を愛することなのです。マタイ22:36-40マルコ12:29-33参照。レビ19:18申命6:1-6も参照)これら二つの神による戒めは,今でも,またこれからもずっと,わたしたちが抱くたった一つの心からの希望です。すなわち,今知っているこの世界に比べてもっと良い世界を子供たちに伝えたいと望んでいるのです。エテル12:4参照)

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2026年版(BOX)

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

民数12:8

彼とは、わたしは口ずから語り、明らかに言って、なぞを使わない。彼はまた主の形を見るのである。なぜ、あなたがたはわたしのしもべモーセを恐れず非難するのか。

 

「もしあなたがたがわたしを愛するならば,わたしのいましめを守るべきである」2014年4月、ロバート・D・ヘイルズ、十二使徒定員会

聖文には,自らの経験から従順の教訓を学んだ預言者の例がたくさんあります。

 

ジョセフ・スミスは,支援者であり友であり,筆記者であったマーティン・ハリスの圧力に屈したことによって招いた結果を学びました。マーティンの懇願に応えて,ジョセフは主に願い,モルモン書の最初の116枚の原稿をマーティンに貸し,彼が原稿を家族に見せる許可を求めました。しかし,主は断るようにジョセフに告げられました。マーティンは再度主に伺うようジョセフに頼み込みました。ジョセフが3度目に願い求めた後,主は特定の5人に限って原稿を見せることを許可されました。「非常に厳粛な誓いを立てて,マーティンはこのことに同意しました。彼は家に着き,自分に対して圧力がかけられると,自分が交わした厳粛な誓いを忘れて,他の人々が原稿を見ることを許してしまいました。その結果,策略によって彼の手から原稿が失われてしまいました。」(ジョセフ・フィールディング・スミス,Essentials in Church History(1922年),65。教義と聖約3章も参照) 結果として,ジョセフは主から叱責され,モルモン書の翻訳を続けることは許されませんでした。ジョセフは苦しみ,圧力に屈するという背きを悔い改めました。しばらくして,ジョセフは翻訳の業を再開することを許されました。ジョセフは従順について価値ある教訓を学び,それが残りの生涯益をもたらしたのでした。

 

預言者モーセの例も挙げられます。モーセが従順にエチオピア人を妻にめとったとき,ミリアムとアロンは彼を非難しました。しかし,主は二人を叱責して,「〔モーセ〕とは,わたしは口ずから語〔る〕」民数12:8と言われました。主はこの驚くべき出来事を用いて,この神権時代に教会員を教えておられます。1830年に,ハイラム・ページは教会のために啓示を受けたと主張しました。主は彼を正し,聖徒たちにこう教えておられます。「あなたは,わたしが〔ジョセフ〕に与えることにアロンのように従順で……なければならない。」教義と聖約28:3「彼はモーセのように戒めと啓示を受けるからである。」教義と聖約28:2

 

従順は祝福をもたらします。「すなわち,神から祝福を受けるときは,それが基づく律法に従うことによるのである。」教義と聖約130:2120節も参照)

 

従順は模範によって教えられます。わたしたちは自らの生き方によって子供に教えます。「若いうちに知恵を得なさい。まことに,神の戒めを守ることを若いうちに習慣としなさい。」アルマ37:35

 

従順は,わたしたちを次第に強い者にし,将来の試しと試練に忠実に耐えられるようにします。ゲツセマネでの従順によって,救い主はゴルゴタで従い,最後まで堪え忍ぶように備えられたのです。

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2026年版(BOX)

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

民数12:3

モーセはその人となり柔和なこと、地上のすべての人にまさっていた。

 

「柔和で心のへりくだった者」2018年4月、デビッド・A・ベドナー、十二使徒定員会

柔和は,それを得たいと望み,道徳的な選択の自由を義にかなって行使し,いつも罪の赦しを保てるように努めることを通してはぐくまれる特質です。モーサヤ4:12,26モロナイ8:25-26参照)また,わたしたちが求めることがふさわしい霊的な賜物でもあります。教義と聖約46:8参照)しかし,そのような祝福が何のために与えられているのか,すなわち,神の子たちを益し,彼らに仕えるために与えられているということを覚えておくべきです。教義と聖約46:8-9,26参照)

 

救い主のもとに来て主に従うとき,わたしたちは次第に少しずつ主のようになることができます。御霊によって,自制心を働かせ,落ち着いた穏やかな振る舞いをする力を授かります。このように,柔和さとは単にわたしたちの行うことではなく,主の弟子としてわたしたちがなる状態のことなのです。

 

モーセは「エジプト人のあらゆる学問を教え込まれ,言葉にもわざにも,力が」ありました。使徒7:22それにもかかわらず,モーセは「その人となり柔和なこと,地上のすべての人にまさって」いました。民数12:3その知識と能力のゆえに高慢になっても不思議ではありませんでした。しかしそうならずに,柔和という特質と霊的な賜物に恵まれて,人生において傲慢さは消えていき,モーセは神の目的を成し遂げるために使われる大いなる者となりました。

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2026年版(BOX)