「わたしに従ってきなさい」の聖句学習 -16ページ目

「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

教義と聖約135:4

暗殺の二、三日前、ジョセフは、法律の見せかけの要求に応じて自分の身を引き渡すためにカーセージへ向かったとき、次のように言った。「わたしはほふり場に引かれて行く小羊のように行く。しかし、わたしは夏の朝のように心穏やかである。わたしの良心は、神に対してもすべての人に対しても、責められることがない。わたしは罪のないまま死に、やがて『彼は冷酷に殺害された』と言われるだろう。」同じ朝、ハイラムは出かける用意を終えた後――ほふり場へと言うべきであろうか、そうである、そのとおりであった――彼は『モルモン書』のエテル書第十二章の終わりに近い次の句を読み、そのページを折り返した。

 

「預言者ジョセフ・スミス―模範による教師」2005年10月、トーマス・S・モンソン、大管長会

預言者ジョセフの教えの中で最もすばらしく,同時に最も痛ましいのは,死を目前にして語った教えではないでしょうか。ジョセフは示現の中で,聖徒たちがノーブーを去り,ロッキー山脈へと向かって行く様子を見ました。彼は聖徒たちが迫害者の手から逃れて主が示された約束の地に導かれることを心から願っていたのです。一緒に行きたかったことでしょう。しかし,ジョセフには無実の罪で逮捕状が出ていました。フォード州知事のもとに嘆願書が数多く寄せられていたにもかかわらず,逮捕状が取り下げられることはありませんでした。ジョセフは家を離れ,妻や家族,聖徒たちに別れを告げて,この世の権力に身をゆだねました。戻ることは恐らくないであろうことも知っていました。

 

カーセージに向かう途中,ジョセフはこう言いました。「わたしはほふり場に引かれて行く小羊のように行く。しかし,わたしは夏の朝のように心穏やかである。わたしの良心は,神に対してもすべての人に対しても,責められることがない。」教義と聖約135:4

 

カーセージの監獄で,ジョセフは兄ハイラムと何人かの兄弟たちとともに拘禁されていました。1844年6月27日,ジョセフとハイラム,ジョン・テーラー,ウィラード・リチャーズが一緒に入れられていた獄舎に怒り狂った暴徒が押しかけ,階段を駆け上がるとドア越しに銃を乱射し始めました。ハイラムは死に,ジョン・テーラーは負傷しました。ジョセフ・スミスがこの世で最後に行ったのは,自分を捨てた偉大な行いでした。ジョセフは部屋の端へと走りました。恐らく「自分が外に出れば,部屋にいた兄弟たちの命が救われると考えたのでしょう,……窓から飛び出したのです。そのときドア側から飛んで来た2発の銃弾がジョセフの体を貫きました。そしてもう1発,外から発砲された弾に右胸を撃たれたのです。」(History of the Church,第6巻,618) ジョセフは,自らの命をささげました。そしてウィラード・リチャーズとジョン・テーラーは助かりました。「人がその友のために自分の命を捨てること,これよりも大きな愛はない。」ヨハネ15:13預言者ジョセフ・スミスは,模範によってわたしたちに愛を教えてくれました。

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2025年版(BOX)

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

教義と聖約135:3

 

 

「このような偉大な大義において前進しようではありませんか」2020年4月、M・ラッセル・バラード、十二使徒定員会

「主​の​預言者​で​あり​聖見者​で​ある​ジョセフ・​スミス​は,……彼自身が神の賜物と力によって翻訳して,両大陸で出版する仲立ちとなった『モルモン書』を出し,その書に載っている完全な永遠の福音を地の四方に送り出し,人の子らのために『教義と聖約』という本書を構成する数々の啓示と戒め,およびそのほか多くの知恵ある文書と指示を出し,何千人もの末日聖徒を集め,一つの偉大な都市を建設し,覆されることのあり得ない誉れと名声を残した。 ……そして,昔の,主の油注がれた者のほとんどがそうであったように,〔ジョセフは,〕自らの血をもって自分の使命と業を証明したのである。彼​の​兄​ハイラム​も​同様​で​あった。彼らは生前に分かたれることはなく,また死後も離れることはなかった。」教義と聖約135:3

 

殉教したジョセフとハイラムの遺体がノーブーに戻り,洗い清めと着替えが済むと,スミス家の人たちは愛する家族のなきがらと対面できるようになりました。亡き二人にとって大切な存在だった母親は,後にこう言っています。「わたしは長い時間,全神経をもって身構え,全身全霊を奮い立たせ,力を与えてくださるようにと神に祈り求めていました。ところが部屋に入り,殺された息子の横たわる姿が二人同時に目に入り,家族のむせび泣く声やおえつ,妻や子供たち,兄弟姉妹たちの泣き叫ぶ声が耳に入ってくると,もう,こらえ切れなくなりました。わたしは崩れ落ち,苦しみもだえながら主に叫びました。『神よ!わたしの神よ!なぜわたしの家族をお見捨てになったのですか。』」(“Lucy Mack Smith, History, 1845,” 312–13, josephsmithpapers.org; spelling and punctuation standardized.)

 

すると,この悲しみと苦悩のときに,彼女には,亡き息子たちがこう言うのが聞こえたのです。「お母さん,わたしたちのことで泣かないでください。わたしたちは,愛で世に勝ったのです。」(“Lucy Mack Smith, History, 1845,” 313, josephsmithpapers.org.)

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2025年版(BOX)

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

教義と聖約 135:1

この書と『モルモン書』の証を確実なものとするために、わたしたちは、預言者ジョセフ・スミスと祝福師ハイラム・スミスの殉教を発表する。彼らは、千八百四十四年六月二十七日午後五時ごろ、カーセージの監獄において、百五十名から二百名の、顔を黒く塗り武装した暴徒により銃撃された。ハイラムが最初に撃たれ、「わたしは死ぬ」と叫んで静かに倒れた。ジョセフは窓から飛び降りたが、その途中で撃たれ、「おお、わたしの神、主よ」と叫んで死んだ。彼ら二人は死んだ後も残酷に銃撃され、両者とも四個の弾丸を受けた。

 

「個人の証を得る」(英文)1994年10月、ロバート・D・ヘイルズ、十二使徒定員会

ジョセフ・スミスはその証をみずからの血で結び固めました。すなわち、この予言者は、モルモン経と教義と聖約が真実であることの証を結び固めるために教義と聖約 135:1参照)、また、この神権時代におけるイエス・キリストとその福音への神聖な証とするために、殉教という形での死をあえて受け入れたのです。私たちは、殉教者として死んだジョセフのように命を捧げてまで証をすることを求められてはいません。その代わりに、人を高め強めるために、日々の献身的な奉仕によって証を捧げるのです。

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2025年版(BOX)