暗殺の二、三日前、ジョセフは、法律の見せかけの要求に応じて自分の身を引き渡すためにカーセージへ向かったとき、次のように言った。「わたしはほふり場に引かれて行く小羊のように行く。しかし、わたしは夏の朝のように心穏やかである。わたしの良心は、神に対してもすべての人に対しても、責められることがない。わたしは罪のないまま死に、やがて『彼は冷酷に殺害された』と言われるだろう。」同じ朝、ハイラムは出かける用意を終えた後――ほふり場へと言うべきであろうか、そうである、そのとおりであった――彼は『モルモン書』のエテル書第十二章の終わりに近い次の句を読み、そのページを折り返した。
「預言者ジョセフ・スミス―模範による教師」2005年10月、トーマス・S・モンソン、大管長会
預言者ジョセフの教えの中で最もすばらしく,同時に最も痛ましいのは,死を目前にして語った教えではないでしょうか。ジョセフは示現の中で,聖徒たちがノーブーを去り,ロッキー山脈へと向かって行く様子を見ました。彼は聖徒たちが迫害者の手から逃れて主が示された約束の地に導かれることを心から願っていたのです。一緒に行きたかったことでしょう。しかし,ジョセフには無実の罪で逮捕状が出ていました。フォード州知事のもとに嘆願書が数多く寄せられていたにもかかわらず,逮捕状が取り下げられることはありませんでした。ジョセフは家を離れ,妻や家族,聖徒たちに別れを告げて,この世の権力に身をゆだねました。戻ることは恐らくないであろうことも知っていました。
カーセージに向かう途中,ジョセフはこう言いました。「わたしはほふり場に引かれて行く小羊のように行く。しかし,わたしは夏の朝のように心穏やかである。わたしの良心は,神に対してもすべての人に対しても,責められることがない。」(教義と聖約135:4)
カーセージの監獄で,ジョセフは兄ハイラムと何人かの兄弟たちとともに拘禁されていました。1844年6月27日,ジョセフとハイラム,ジョン・テーラー,ウィラード・リチャーズが一緒に入れられていた獄舎に怒り狂った暴徒が押しかけ,階段を駆け上がるとドア越しに銃を乱射し始めました。ハイラムは死に,ジョン・テーラーは負傷しました。ジョセフ・スミスがこの世で最後に行ったのは,自分を捨てた偉大な行いでした。ジョセフは部屋の端へと走りました。恐らく「自分が外に出れば,部屋にいた兄弟たちの命が救われると考えたのでしょう,……窓から飛び出したのです。そのときドア側から飛んで来た2発の銃弾がジョセフの体を貫きました。そしてもう1発,外から発砲された弾に右胸を撃たれたのです。」(History of the Church,第6巻,618) ジョセフは,自らの命をささげました。そしてウィラード・リチャーズとジョン・テーラーは助かりました。「人がその友のために自分の命を捨てること,これよりも大きな愛はない。」(ヨハネ15:13)預言者ジョセフ・スミスは,模範によってわたしたちに愛を教えてくれました。


