そこでわたしは、教会に属しているあなたがた、すなわち、今から後、天で主とともに安息を得るときまで、キリストに穏やかに従い、主の安息に入れるという十分な望みを得ているあなたがたに、話したいと思う。
わたしの同胞よ、わたしは、あなたがたが人の子らと穏やかに交わって暮らしているので、あなたがたのことをこのように判断している。
「キリストに穏やかに従う人」2023年10月、クエンティン・L・クック、十二使徒定員会
わたしは,モロナイが引用したその父モルモンの言葉が好きです。「あなたがた〔は〕キリストに穏やかに従い,……人の子らと穏やかに交わって暮らしている。」(モロナイ7:3-4)
わたしたち教会員はキリストに目を向け「キリストに穏やかに従う人」になろうと努めるときに,より明るく生きることができます。試練は死すべき世の一部であり,世界中のすべての人の生活に起こります。国家間の争いもあれば,個人的な争いもあります。
教会の指導者は,よくこのような質問を受けます。「正義の神はなぜ悪いことが,特に善人に起こるのをお許しになるのですか?」 「主に仕える義にかなった人がそのような悲劇を免れないのはなぜですか?」
わたしたちはすべての答えを知っているわけではありませんが,大切な原則を知っています。それが分かれば,すべての人に輝かしい未来が待っているという確信と信仰をもって,試練や苦難や逆境に対処できます。苦難を乗り越えることに関する最適の聖句は,リバティーの監獄に収監されていた預言者ジョセフ・スミスに与えられた主の言葉でしょう。
主はこのように宣言されました。
「たとえ地獄の入り口が大口を開けてあなたをのみ込もうとしても,息子よ,あなたはこのことを知りなさい。すなわち,これらのことはすべて,あなたに経験を与え,あなたの益となるであろう。
人の子はこれらすべての下に身を落とした。あなたは人の子よりも大いなる者であろうか。
……人のなし得ることを恐れてはならない。 とこしえにいつまでも,神はあなたとともにいるからである。」(教義と聖約122:7-9)
明らかに,天の御父はわたしたちを個人的に知って愛しておられ,一人一人の苦難をすべて御存じです。御子イエス・キリストは,救い主,贖い主であられます。


