「わたしに従ってきなさい」の聖句学習 -140ページ目

「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

2024年大管長会クリスマス・ディボーショナル

 

週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

モロナイ7:3-4

そこでわたしは、教会に属しているあなたがた、すなわち、今から後、天で主とともに安息を得るときまで、キリストに穏やかに従い、主の安息に入れるという十分な望みを得ているあなたがたに、話したいと思う。

わたしの同胞よ、わたしは、あなたがたが人の子らと穏やかに交わって暮らしているので、あなたがたのことをこのように判断している。

 

 

「キリストに穏やかに従う人」2023年10月、クエンティン・L・クック、十二使徒定員会

わたしは,モロナイが引用したその父モルモンの言葉が好きです。「あなたがた〔は〕キリストに穏やかに従い,……人の子らと穏やかに交わって暮らしている。」モロナイ7:3-4

 

わたしたち教会員はキリストに目を向け「キリストに穏やかに従う人」になろうと努めるときに,より明るく生きることができます。試練は死すべき世の一部であり,世界中のすべての人の生活に起こります。国家間の争いもあれば,個人的な争いもあります。

 

教会の指導者は,よくこのような質問を受けます。「正義の神はなぜ悪いことが,特に善人に起こるのをお許しになるのですか?」 「主に仕える義にかなった人がそのような悲劇を免れないのはなぜですか?」

 

わたしたちはすべての答えを知っているわけではありませんが,大切な原則を知っています。それが分かれば,すべての人に輝かしい未来が待っているという確信と信仰をもって,試練や苦難や逆境に対処できます。苦難を乗り越えることに関する最適の聖句は,リバティーの監獄に収監されていた預言者ジョセフ・スミスに与えられた主の言葉でしょう。

 

主はこのように宣言されました。

 

「たとえ地獄の入り口が大口を開けてあなたをのみ込もうとしても,息子よ,あなたはこのことを知りなさい。すなわち,これらのことはすべて,あなたに経験を与え,あなたの益となるであろう。

 

人の子はこれらすべての下に身を落とした。あなたは人の子よりも大いなる者であろうか。

 

……人のなし得ることを恐れてはならない。 とこしえにいつまでも,神はあなたとともにいるからである。」教義と聖約122:7-9

 

明らかに,天の御父はわたしたちを個人的に知って愛しておられ,一人一人の苦難をすべて御存じです。御子イエス・キリストは,救い主,贖い主であられます。

 

 

 

2024年大管長会クリスマス・ディボーショナル

 

週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

モロナイ7:2

さて、わたしモルモンは、愛する同胞であるあなたがたに話したい。父なる神とわたしたちの主イエス・キリストの恵みにより、また主がわたしに召しの賜物をお与えくださったので、主の聖なる御心により、わたしは今あなたがたに語る機会を得ている。

 

「求む―御業を速める手と心」2014年4月、リンダ・K・バートン、中央扶助協会会長

イエスの時代の裕福な青年のように,わたしたちも時に,諦め,来た道を引き返したい誘惑に駆られることがあります。恐らく,独りではできないと思うからでしょう。そのとおりです。助けがなければ,行うように求められても,難しいことは行えません。その助けは,イエス・キリストの贖罪,聖霊の導き,また他の人々の支援によって与えられるのです。

 

ある忠実な独身の姉妹が最近証を述べていました。贖罪を通じて彼女は,助けの手と進んで行う心を使って,がんで亡くなった姉が残した4人の子供を育てる力を見いだしたのです。ニール・A・マックスウェル長老がこう言ったのを思い出します。「教会がなすべきことのうち,容易なことは全て成し遂げられました。これからはより壮大な冒険になります。従順さが,思いも寄らない方法で試されるのです。」(ニール・A・マックスウェル,“The Old Testament: Relevancy within Antiquity”(教会教育システム宗教教育者への話,1979年8月16日)4;si.lds.org皆さんがどのような人で,何を行う備えをしてきたかということが,この神権時代に地上に送られた理由です。自分を何者であると思うかについて,サタンがわたしたちをどのように説き伏せようとしても,わたしたちの真の姿はイエス・キリストの弟子なのです。

 

モルモンは真の弟子であって,「〔人々が〕一人残らず心をかたくなにし,……〔この〕ようなひどい悪事は,リーハイのすべての子孫の中に……これまで決してなかった」モルモン4:11-12と言われた時代に生きた人です。皆さんはその時代に生きていたかったでしょうか。にもかかわらず,モルモンは雄々しく,このように宣言しました。「見よ,わたしは神の御子イエス・キリストの弟子である。」3ニーファイ5:13

 

すばらしい人だと思いませんか。モルモンは自分が何者であり,どのような使命があるかを知っていて,周囲の悪にも気を取られませんでした。事実,彼は自分の召しを賜物と考えていたのです。モロナイ7:2 参照)

 

弟子として日々務めるという賜物を主にささげて,言葉と行いによって「見よ,わたしはイエス・キリストの弟子である」と宣言するように召されていることは,何とすばらしい祝福であるか,考えてみてください。

 

 

 

2024年大管長会クリスマス・ディボーショナル

 

週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

モロナイ7:1-48

 

「励ましの遺産」2022年10月、ヘンリー・B・アイリング、大管長会

モルモンが息子モロナイと民に励ましを与えたことが記されているモロナイ7章は,母がわたしたちに残してくれた励ましの遺産をよく表しています。これは,母が家族に残してくれたような,子孫への励ましの遺産です。モルモンは,この世でどんな試練に遭おうと,永遠の命を受けるにふさわしくなろうと決意しているすべての人に,この励ましの遺産を残しました。

 

モルモンはモロナイ7章の前半で,イエス・キリストと天使,キリストの御霊について証しています。ここを読むと,善悪の区別ができるようになり,正しいことを選べるようになります。

 

モロナイはイエス・キリストを第一にしています。そうするならばだれでも,天の家に向かう道を必死の思いで上っている人を励ますことができます。