「わたしに従ってきなさい」の聖句学習 -138ページ目

「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

2024年大管長会クリスマス・ディボーショナル

 

週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

モロナイ10:3

見よ、わたしはあなたがたに勧めたい。あなたがたにとってこの記録を読むことが、神の知恵にかなうようであれば、あなたがたはこれを読むときに、アダムが造られてからあなたがたがこれを受けるときまで、主が人の子らにどれほど憐れみをかけてこられたかを思い起こし、それを心の中で深く考えてほしい。

 

「神の慈しみと偉大さを深く考える」2020年4月、デール・G・レンランド、十二使徒定員会

神の偉大さを覚え,神がわたしたち個人や家族,民のためにしてこられたことについて深く考えるようにと,預言者はいつの時代でも,特に困難な時にこそ,人々に勧めてきました。1この勧めは聖典の至るところに出てきますが,モルモン書では特に顕著です。モルモン書の目的の一つは「​イスラエル​の​家​の​残り​の​者​に,主​が​彼ら​の​先祖​の​ため​に​どの​よう​な​偉大​な​こと​を​行われた​か​を​示す​」ことだという説明がタイトルページにあり,(モルモン書のタイトルページモルモン書の締めくくりには,モロナイのこのような訴えが載っています。「見よ,わたし​は​あなたがた​に​勧めたい。……あなたがた​は​これ​を​読む​とき​に,……主​が​人​の​子ら​に​どれ​ほど​憐れみ​を​かけて​こられた​か​を​思い起こし,それ​を​​心​の​中​で​​深く​考えて​ほしい。」モロナイ10:3

 

神の慈しみについて深く考えるようにと,預言者たちが一貫して訴えていることには驚かされます。※ 天の御父は,神とその愛する御子の慈しみを思い起こすことをわたしたちに望んでおられますが,それは御二方の満足のためではなく,それを思い起こすことによってわたしたちに影響があるからなのです。御二方の慈しみを思うと,視野が開け,理解の幅が広がります。御二方の憐れみについて思い巡らすと,わたしたちはより謙遜になり,よく祈るようになり,確固とした者となることができます。

 

※例えば,申命6:1211:18ヨシュア4:21-24サムエル上7:12ローマ2:411:222ニーファイ9:1033:14モルモン書ヤコブ1:7モーサヤ5:325:1027:22アルマ34:4ヒラマン12:23ニーファイ4:3318:11-12モルモン2:13教義と聖約133:52138:2参照

 

 

 

2024年大管長会クリスマス・ディボーショナル

 

週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

モロナイ7:19

そこでわたしは、同胞であるあなたがたに、善悪をわきまえることができるように、キリストの光の中で熱心に求めることを切に勧める。もしあなたがたが善いものをことごとく手にして、それを非難しなければ、あなたがたは必ずキリストの子となる。

 

「光あれ」2010年10月、クエンティン・L・クック、十二使徒定員会

わたしは「世界中に再び明かりがともるとき」(“When the Lights Go on Again All over the World”)という歌に深く感動しました。その歌を聴いて二つのことが心に浮かびました。一つは,イギリスの政治家の次のような預言的な言葉です。「ヨーロッパ中の明かりが消える。我々の時代に二度と再び明かりがともることはない。」(エドワード・グレー卿の言葉とされている, ウィキペディア, “When the Lights Go On Again (All over the World),”の項参照)もう一つは,ロンドンのようなイギリスの都市を襲った空襲です。爆弾を落とす飛行機が目標を見つけにくくするために灯火管制が敷かれました。人々は明かりを消し,窓のカーテンを引きました。

 

その歌は自由と光が戻るという明るい希望の歌です。今なお続く善と悪の戦いにおける救い主の役割と「キリストの光」※について理解しているわたしたちにとって,世界大戦と現代の道徳的戦いの類似は明らかです。すべての人類が「善悪をわきまえることができる」モロナイ7:19のはキリストの光によるのです。

 

自由と光は得るのも維持するのも決して容易ではありません。天上の戦い以来,悪の軍勢はあらゆる手段を講じて選択の自由を損ない,光を消そうとしてきました。道徳の原則と信教の自由に対する攻撃はとりわけ激しくなっています。

 

末日聖徒としてわたしたちは,光を保ち,道徳と信教の自由に対するこの攻撃から家族と社会を守るために最善を尽くす必要があります。

 

教義と聖約88:11-13参照。キリストの光とは「万物の中にあり,万物に命を与える光であり,万物が治められる律法」である(13節)。キリストの光についての総合的な理解,およびキリストの光と聖霊の違いについては,ボイド・K・パッカー「キリストの光」『リアホナ』2005年4月号,8-14を参照

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2024年版(BOX)

2024年大管長会クリスマス・ディボーショナル

 

週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

モロナイ7:12-13

したがって、善いものはすべて神から出て、悪いものは悪魔から出る。悪魔は神に対する敵であって、絶えず神と戦い、また人を誘い、そそのかして罪を犯させ、いつも悪いことを行わせようとする。

しかし見よ、神から出るものはいつも善を行うように誘い、促す。したがって、善を行い、神を愛し、神に仕えるように誘い、促すものはすべて、神の霊感を受けているのである。

 

「主の領域にとどまっていなさい」2012年4月、ユリシス・ソアレス、七十人

ジョージ・アルバート・スミス大管長は,彼の祖父からの勧告を繰り返しかつてこのように言いました。「主の領域と悪魔の領域の間には,はっきりとした境界線がある。もし主の側にとどまれば,あなたたちは主の影響力を受け,悪いことをしようなどとは思わない。しかし境界線を越えて少しでも悪魔の側に行けば,あなたたちはもう誘惑者の力に捕らえられる。誘惑者の力が強ければもう正しく考えることも推論することもできなくなる。あなたたちはもはや主の御霊を失っているからである。」(『歴代大管長の教え――ジョージ・アルバート・スミス』191)

 

ですから,「この行動は自分を主の領域に置くものだろうか,それとも悪魔の領域に置くものだろうか」と毎日問わなければなりません。

 

預言者モルモンは自分の民に,善と悪を見分ける能力を身に付けることの大切さについて注意を呼び起こしています。

 

「したがって,善いものはすべて神から出て,悪いものは悪魔から出る。悪魔は神に対する敵であって,絶えず神と戦い,また人を誘い,そそのかして罪を犯させ,いつも悪いことを行わせようとする。

 

しかし見よ,神から出るものはいつも善を行うように誘い,促す。」モロナイ7:12-13

 

キリストの光と,さらに聖霊を伴侶とすることで,わたしたちは必ず,自らの生き方が自分を主の領域に置くものであるかどうかを判断できるでしょう。心の持ち方が善ければ,神の霊感を受けています。善いものはすべて神から出るからです。しかし,心の持ち方が悪ければ,悪魔の影響を受けています。悪魔は人に悪を行うよう説き勧めるからです。