子をその行くべき道に従って教えよ、
そうすれば年老いても、それを離れることがない。
「個人の平安を見いだす」2023年4、ヘンリー・B・アイリング、大管長会
サタンは,わたしたちの周りに憎しみと争いの種をまこうとさらに努めているようです。わたしたちは,国々や方々の都市,地域,電子メディア,また世界中でそれが起きている証拠を目にしています。
しかし,悲観する必要はありません。この世に生まれてくるすべての新生児がキリストの光を受けているからです。その普遍的な賜物とともに,何が正しいかの感覚,愛し愛されたいという思いがあります。死すべき世に来る,神のすべての子供には,生まれながらに正義と真理という感覚が備わっているのです。
子供の個人の平安についてわたしたちが楽観的でいられるかは,子供を養う人々にかかっています。救い主から平安の賜物を受け取るように努めながら子供を育て,接するならば,自分自身の模範と努力を通して,崇高な平安の賜物を受けるにふさわしくあるよう子供の信仰を鼓舞することでしょう。
聖文は次のように約束しています。「子をその行くべき道に従って教えよ,そうすれば年老いても,それを離れることがない。」(箴言22:6)そのためには,平安の賜物にふさわしくあるように子供を世話し養育する責任を負う人が必要です。
悲しいことに,霊的な両親—時には独り親—によって育てられた子供たちが,信仰と平安の一時期を過ごした後に悲しみの道を歩むことを選ぶとき,わたしたちは皆,痛みを感じます。
その悲しみが生じるときでさえ,主から頂くもう一つの賜物があるのでわたしは楽観的です。それは,主は信頼できる弟子たちの中から,平和を作り出す多くの人を立てられるということです。彼らは神の平安と愛を感じてきました。彼らの心には聖霊がおられ,主は,迷っている羊に手を差し伸べるように彼らを導かれます。
