しかし神はわたしを受けられるゆえ、
わたしの魂を陰府の力からあがなわれる。
「贖い」2011年10月、リグランド・R・カーティス・ジュニア、七十人
エホバがイスラエルの民を束縛から贖われたという主題については,聖典に何度も繰り返し登場します。この主題がこれほどまでに繰り返されるのは,多くの場合,主の愛によってイスラエルの民がエジプトから解放されたことを人々に思い起こさせるためですが,イスラエルにとってもう一つの,さらに大切な贖いが存在することを教えるためでもあります。リーハイは教えました。「そして時が満ちると,人の子らを堕落から贖うためにメシヤが来られる。」(2ニーファイ2:26)
詩篇の作者はこう書いています。「しかし神は……わたしの魂を陰よ府みの力からあがなわれる。」(詩篇49:15)
主はイザヤを通じてこう宣言しておられます。「わたしはあなたのとがを雲のように吹き払い,あなたの罪を霧のように消した。わたしに立ち返れ,わたしはあなたをあがなったから。」(イザヤ44:22)
この3つの聖句で使われている「あがない」という言葉は,もちろん,イエス・キリストの贖罪を意味しています。わたしたちの愛にあふれた神が用意してくださった「豊かなあがない」のことです(詩篇130:7)。モーセの律法や現代の合法的な取引による贖いとは異なり,この贖いは「銀や金のような朽ちる物によった」ものではありません(1ペテロ1:18)。「わたしたちは,〔キリスト〕にあって,神の豊かな恵みのゆえに,その血によるあがない,すなわち,罪過のゆるしを受けた」のです(エペソ1:7)。ジョン・テーラー大管長の教えによれば,贖い主の犠牲があったからこそ,「負債は支払われ,贖いはなされ,聖約は成就し,正義は満たされ,神の御心は行われ,……すべての力は神の御子の手に渡されました。」(『歴代大管長の教え-ジョン・テーラー』〔2001年〕44)
