イスラエルの王はヨシャパテに言った、「ほかになおひとりいます。われわれはこの人によって主に問うことができますが、彼はわたしについて良い事を預言したことがなく、常に悪いことだけを預言するので、わたしは彼を憎みます。その者はイムラの子ミカヤです」。ヨシャパテは言った、「王よ、そうは言わないでください」。
「弟子として歩むことに伴う犠牲と祝福」2014年4月、ジェフリー・R・ホランド、十二使徒定員会
残念なことに,神から戒めを託された使者が人々から歓迎されないのは今も昔も変わりません。少なくとも,口から出た物を浴びせられ,マッシュポテトを投げつけられた二人の宣教師が主張するとおりです。「憎む」とは悪い言葉ですが,今日でも,腐敗したアハブ人のように「彼はわたしについて良い事を預言したことがなく,常に悪いことだけを預言するので,わたしは〔預言者ミカヤを〕憎〔む〕」(歴代下18:7)と言う人たちがいます。アビナダイは預言者として正直に語ったために,同じような理由で憎まれ,殺されました。ノア王にこう言ったからです。「わたしが真実を告げたので,あなたがたはわたしに対して怒っている。また,神の御言葉を告げたので,あなたがたはわたしを気が狂っていると言って裁いた。」(モーサヤ13:4)または,偏狭で支配的で凝り固まっていて思いやりがなく,心が狭く,時代遅れで年寄り臭いと言って裁いた,と付け加えてもよいかもしれません。
これは,主御自身が預言者イザヤに向けて嘆かれた事柄です。
「彼らは……主の教を聞こうとしない子らだ。
彼らは先見者に向かって『見るな』と言い,預言者に向かっては,『正しい事をわれわれに預言するな。耳に聞きよいことを語れ,迷わしごとを預言せよ。
大路を去り,小路をはなれ,イスラエルの聖者について語り聞かすな』と言う。(イザヤ30:9-11)
