「自分自身について気をつけなさい」(英文)2012年10月、アンソニー・D・パーキンズ、七十人
旧約聖書のダビデの物語は、神権の力を無駄にした悲劇的な例です。若いころにゴリアテを倒し、長年義にかなった生活をしていたにもかかわらず(サムエル上13:14、17:45-47参照)、預言者であり、王でもあったこの人物は、霊的な誘惑に屈してしまいました。屋上から美しい女バテシバの入浴を見た決定的な瞬間、「ダビデ、気をつけろ。ばかなことをするな」と叫んで道徳を守る道に引き戻してくれる人も近くにいませんでした。自分自身について気をつけず(サムエル下11:1-17参照)、御霊のささやきに従わなかったために(「皆さんは大きな過ちを犯す前に、必ず聖なる御霊のささやきによって警告を受けるでしょう。」〔ボイド・K・パッカー「若人への助言」〕)、永遠の家族を失ってしまったのです(教義と聖約132:39参照。『聖句ガイド』「ダビデ」の項も参照)。
兄弟の皆さん、偉大なダビデですら昇栄の道から外れたとすれば、似たような道をたどらないために、わたしたちには何ができるでしょうか。
個人の深い改心と家族の強いきずなという二つのガードレールがあれば、それることなく天への道を上ることができます。これを知っているサタンは、改心を妨げ、家族を分断する大岩を落として、神権の道を上ることができないようにするのですが、幸いなことに、イエス・キリストと預言者が警告の標識を立ててくれています。彼らは改心を妨げる高慢な心(教義と聖約23:1、25:14、38:39参照。エズラ・タフト・ベンソン「高ぶりを心せよ」も参照)や、家族の結束を弱める怒りや貪欲、情欲などの罪に気をつけるよう常に警告を与えてくれます。
遠い昔、モーセは、「あなたはみずから慎み、……主を忘れてはならない」(申命6:12。申命8:11-19も参照)と命じました。せわしなく、娯楽に満ちた世の中で、人はいまだに「主……を忘れ……罪悪を行うことや悪しき者に惑わされることが」早いのです(アルマ46:8)。
