この時、イスラエルの長老たちはみな集まってラマにおるサムエルのもとにきて、
言った、「あなたは年老い、あなたの子たちはあなたの道を歩まない。今ほかの国々のように、われわれをさばく王を、われわれのために立ててください」。
しかし彼らが、「われわれをさばく王を、われわれに与えよ」と言うのを聞いて、サムエルは喜ばなかった。そしてサムエルが主に祈ると、
主はサムエルに言われた、「民が、すべてあなたに言う所の声に聞き従いなさい。彼らが捨てるのはあなたではなく、わたしを捨てて、彼らの上にわたしが王であることを認めないのである。
「不変の原則」(英文)1993年10月、ラッセル・M・ネルソン、十二使徒定員会
道徳的律法
神より与えられた道徳的律法も、不変の原則の一つです。この律法に背けば罰を受け、従順であれば「不変不易」の祝福を授けられます(教義と聖約104:2)。祝福は常に律法への従順さに応じて与えられます(義と聖約130:20-21参照)。そのために教会は、私たちが喜びを得られるよう、正義を行い、悪を退けるように教えるのです(2ニーファイ2:25参照)。
救い主とその僕は(教義と聖約1:38参照)、独善的な言葉ではなく、人が知る必要のあることを教えてくださいます。さまざまな時代を通じて、その時代時代の批判的な人たちが教会の指導者に主の教えを修正するよう圧力をかけてきたのは歴史的事実です(例として,サムエル上8:4-7;マタイ7:21;ルカ6:46;3ニーファイ14:21参照)。しかし、それは永遠の律法であり、変えられるものではありません。神は愛する独り子のためにさえ、贖いを必要とする律法を変えようとはされませんでした。神の教義は、時代の流行に合わせた都合のよい小さな型に押し込められるものではありません。また、自動車のバンパーステッカーにわずかな言葉ですべてを表現できるようなものでもありません。
