そこでモーセはイスラエルの長老をみな呼び寄せて言った、「あなたがたは急いで家族ごとに一つの小羊を取り、その過越の獣をほふらなければならない。
また一束のヒソプを取って鉢の血に浸し、鉢の血を、かもいと入口の二つの柱につけなければならない。朝まであなたがたは、ひとりも家の戸の外に出てはならない。
主が行き巡ってエジプトびとを撃たれるとき、かもいと入口の二つの柱にある血を見て、主はその入口を過ぎ越し、滅ぼす者が、あなたがたの家にはいって、撃つのを許されないであろう。
「贖罪」(英文)1986年4月、ボイド・K・パッカー、十二使徒定員会
ゲツセマネとゴルゴタで救い主の血が流されました。それより何世紀も前に、過越が来るべき出来事の象徴、もしくは表象として世に出されました。これは永遠に守られるべき儀式です(出エジプト12参照)。
エジプトに疫病が蔓延したとき、イスラエル人の家では、傷のない雄の小羊の初子を用意するように命じられました。この過越の小羊を骨を折ることなくほふり、その血を家の門口に塗るように言われたのです。主は、殺戮の天使がそのしるしをつけた家は過ぎ越し、中にいる人々は救われることを約束されました。(出エジプト12:21-23参照)つまり、彼らは小羊の血によって救われたのです。
イエスの十字架上の死の後、血を流す犠牲の律法は必要なくなりました。なぜなら、パウロがヘブル人に教えたように、キリストが「ただ一度」「罪のために一つの永遠のいけにえをささげた」からです(ヘブル10:10,12)。それ以後の犠牲は、へりくだった心と悔いる精神、すなわち悔い改めに変わったのです。
そしてこの過越は、聖餐という形で永遠に記念しなければなりません。そこで私たちはバプテスマのときの誓約を新たにし、神の小羊の体と流された血の記念としての聖餐にあずかります。
