今週の「わたしに従ってきなさい」
聖なる御父よ、わたしたちは、あなたの懐におられる御子イエス・キリストの御名によって、すなわち、その御名によってのみ人の子らに救いがもたらされる御方の御名によって、願い求めます。おお、主よ、何とぞ、あなたがわたしたちに建てるようにお命じになった、あなたの僕であるわたしたちの手で造られたこの宮を受け入れてくださいますように。
「神にお会いする用意」2018年4月、クエンティン・L・クック、十二使徒定員会
エライザ・R・スノーは,(自身も出席した)カートランド神殿の奉献式について,こう語っています。「あの奉献式について,語ることはできるかもしれませんが,人間の言葉では,あの忘れられない日に起きた天の現れを描写することはできません。ある人々に天使たちが現れ,出席していたすべての人が神の臨在を実感し,それぞれの心が言いようのない,栄光に満ちた喜びで満たされました。」(Eliza R. Snow, in Janiece Johnson and Jennifer Reeder, The Witness of Women: Firsthand Experiences and Testimonies from the Restoration (2016), 124; see also Eliza R. Snow, in Edward Tullidge, The Women of Mormondom (1877), 65)
カートランド神殿でもたらされた天の現れは,回復されたイエス・キリストの教会が存在する目的の土台となりました。すなわち,天の御父の子供たちに救いと昇栄をもたらすことです。(『手引き 第2部—教会の管理運営』2.2 参照)わたしたちが神にお会いする用意をするとき,カートランド神殿で回復された神聖な鍵について振り返ることで,自分が神からどのような責任を委ねられているかを知ることができます。
預言者ジョセフ・スミスは奉献の祈りの中で,へりくだり,主にこう嘆願しています。「あなたがわたしたちに建てるようにお命じになった……この宮を受け入れてくださいますように。」(教義と聖約109:4)
その1週間後の復活祭の日曜日,主は壮大な示現の中に現れ,神殿を受け入れてくださいました。これは1836年4月3日の出来事であり,今日の復活祭の日曜日からほぼ182年前に当たります。その日は同時に過越の時期でもありました。復活祭と過越が重なるという,実に珍しい時だったのです。示現が閉じると,古代の3人の預言者,すなわちモーセ,エライアス,エリヤが現れ,鍵を託しました。これらの鍵は,この神権時代に回復された主の教会の目的を成就するうえで不可欠のものでした。その目的については,簡潔ながらも雄弁に,イスラエルを集合させ,家族として結び固め,世の人々を主の再臨に備えさせることであると断言されています。(See Russell M. Nelson, “Epistles of the Lord” (address given at the seminar for new mission presidents, June 25, 2015), 1–2)
