あなたがたは、わたしから日の栄えの世界で一つの場所を与えられることを望むならば、わたしがあなたがたに命じ、あなたがたに求めてきたことを行うことによって、自らを備えなければならない。
「今こそ用意をする時期である」2005年4月、ラッセル・M・ネルソン、十二使徒定員会
死は,永遠に生きるうえで必要な要素です。その時がいつ来るかはだれにも分かりませんが,神の偉大な幸福の計画に欠かせないものなのです。(アルマ42:8-9参照) 主の贖いのおかげで,人は将来現実に復活することとなり,すべての人類に永遠の命への道が開かれました。(1コリント15:50-54;1ヨハネ5:11,20;アルマ12:25;モルモン9:13;教義と聖約46:14;76:40-42,50-59;133:62参照) 神の律法に従うならば,この可能性は現実のものとなります。主は言われました。「わたしの戒めを守らなければ,あなたがたは決して天の王国に入れないであろう。」(3ニーファイ12:20)いつの日かわたしたちは主の裁きを受け,(1ニーファイ10:20;2ニーファイ9:41-46;アルマ12:27参照) 天の御父のみもとに用意されている住まいに行きます。33 そして神の愛にあふれる戒めに忠実に従った者には,日の栄えの栄光が待っているのです。(教義と聖約78:7;131:1-3参照)
兄弟姉妹,わたしたちは生まれ,死にますが,死んだ後もまた別の王国で生き続けるのです。十分に備えていれば,死は恐ろしいものではありません。永遠の見地から見れば,用意のできた人にとって時期尚早の死などないのです。
今こそ用意をする時です。用意ができていれば,死が訪れたとき,天の御父が忠実な子供たちに備えておられる日の栄えの栄光に進むことができます。一方,わたしや家族のように後に残されて悲しみに暮れる者たちは,キリストを確固として信じ,完全な希望の輝きを持ち,神とすべての人を愛し,神と人に仕えたいと心底願うことによって,身内を失った心の痛みを和らげることができます。(2ニーファイ31:20;モーサヤ16:7-8;モロナイ7:38-48参照) そのような信仰,そのような希望,そのような愛があれば,神の聖なる御前に戻るにふさわしい者となり,永遠の伴侶や家族とともに主の御前で永遠に生きることができるのです。これらをイエス・キリストの御名により証します。アーメン
