さらにまた、まことに、わたしはあなたがたに言う。次に述べることはあなたがたの特権であり、またこの務めに聖任されたあなたがたにわたしが与える約束である。すなわち、あなたがたがねたみと恐れを除き去り、また、まだ十分にへりくだっていないのでわたしの前にへりくだるならば、幕は裂け、あなたがたはわたしを見て、わたしがいることを知るであろう。ただし、肉の思いや、生まれながらの心ではなく、霊の心で見るであろう。
「贖いの喜び」2024年10月、クリスティン・M・イー、中央扶助協会会長会
真に悔い改めて変わるには,まず「自分たちの罪……を自覚」しなければなりません。(アルマ24:8-10参照)人は自分が病気だと理解しなければ,薬を飲む必要を感じません。(See Robert L. Millet, Becoming New: A Doctrinal Commentary on the Writings of Paul (2022), 26.)時にわたしたちは,自分の内面に目を向け,癒しや修復をほんとうに必要としている事柄を見ようとしないのかもしれません。
C・S・ルイスの著書の中で,アスランは自分の考えに捉われている男にこのような言葉を投げかけています。「ああ,〔人類〕よ,君たちは自分のためになりそうなあらゆるものを,なんとたくみに自ら遠ざけていることか。」(C.S.ルイス『魔術師のおい』(1955),185)
皆さんやわたしは,自分のためになりそうなものを,どのようにして遠ざけているでしょうか。
神が授けたいと願っておられる善いものを自ら遠ざけることのないようにしましょう。(モーサヤ4:6-9参照)神はわたしたちに,愛と憐れみを感じてもらいたいと願っておられ,光と知識を授けたいと望んでおられます。(アルマ12:9-10;アルマ26:22;3ニーファイ26:9参照)神は,わたしたちが癒しを切に必要としていることを御存じです。神は御自分のすべての息子,娘たちと聖約の関係を深めたいと願っておられます。(「聖約の道の根本にあるのは,わたしたちと神の関係……です。」(ラッセル・M・ネルソン「永遠の聖約」11。この話の脚注2,3も参照))どうかこれらを遠ざけないでください。
わたしたちが,神の愛という祝福から自らを遠ざけるため意識的に,あるいは無意識のうちに手にしてきた「戦いの武器」(アルマ24:17-19参照)を捨てることができますように。高慢という武器,すなわち利己心や恐れ,憎しみ,悪意,自己満足,不義な裁き,ねたみ(教義と聖約67:10参照)など,心を尽くして神を愛し,神と交わすすべての聖約を守る妨げとなるあらゆるものを捨て去るのです。
