しかし、人がほかの人以上のものを持つようには定められていない。それゆえ、世は罪の状態にある。
「シオンに来たれよ」2008年10月、D・トッド・クリストファーソン、十二使徒定員会
主はいつの時代も,貧しい人をどれほど助けたかで社会や個人を計られました。主は言われました。
「地は満ちており,十分にあり余っているからである。まことに,わたしはすべてのものを備え,人の子らが自ら選択し行動する者となるようにした。
それゆえ,わたしの造った豊かなものの中から取りながら,わたしの福音の律法に従って貧しい者や乏しい者に物を分け与えることをしない者は,悪人とともに,地獄で苦しみながら見上げるであろう。」(教義と聖約104:17-18。56:16-17も参照)
さらに次のようにも言っておられます。「現世のものについて,あなたがたは平等でなければならない。しかもそれが不承不承であってはならない。そうでなければ,豊かな御霊の現れは与えられないであろう。」(教義と聖約70:14。49:20;78:5-7も参照)
わたしたちは自分の資産や所有物をどう扱うかを自分で決めますが,この世のものをどのように管理したかを神に報告します。断食献金や人道支援プロジェクトを通して惜しみなく援助する皆さんの姿をとてもうれしく思います。長年にわたる聖徒の皆さんの寛大な援助によって何百万という人の苦しみが和らぎ,そのほか数え切れないほどの人が自立できるようになりました。それでも,シオンの大義を求めるのであれば,貧しい人,助けの必要な人のために自分が行うべきことを行い,主の求められることをすべて行っているかどうか,一人一人が祈りをもって検討する必要があります。
わたしたちの多くは所有物や娯楽を礼拝する社会に住んでいます。この世のものをもっと手に入れたいという強欲と無縁の生活を送っているかどうか自問してください。物質主義は,バビロンの特徴である偶像礼拝と高慢の一形態にすぎません。わたしたちは,必要な分だけで満足できるようになるはずです。
使徒パウロはテモテに,利得を信心と考える人に気をつけるよう警告しました(1テモテ6:5参照)。
「わたしたちは,何ひとつ持たないでこの世にきた。また,何ひとつ持たないでこの世を去って行く。
ただ衣食があれば,それで足れりとすべきである。」(1テモテ6:7-8)
