ある人には、イエス・キリストが神の子であり、世の罪のために十字架につけられたことを知ることが、聖霊によって許される。
ほかの人には、続けて忠実であれば自分もまた永遠の命が得られるように、彼らの言葉を信じることが許される。
「永遠の命―天の御父と御子イエス・キリストとを知ること」2014年10月、ロバート・D・ヘイルズ、十二使徒定員会
皆さんは,神が実在することを初めて知り,神の愛を初めて感じたときのことを覚えていますか。子供の頃,わたしは満天の星を見上げて深く考え,神の存在を感じたものです。小さな虫からそびえ立つ大木まで,神の見事な創造物をまじまじと見て感激しました。この地球の美しさを知り,天の御父がわたしを愛しておられることを知りました。自分が文字どおり神の霊の子供であり,わたしたち人類が,皆,神の息子娘であることを知ったのです。
どのようにしてそれを知ったのかと皆さんは尋ねるかもしれません。聖典の教えはこうです。「ある人には,イエス・キリストが神の子であり,世の罪のために十字架につけられたことを知ることが,聖霊によって許される。ほかの人には,続けて忠実であれば自分もまた永遠の命が得られるように,彼らの言葉を信じることが許される。」(教義と聖約46:13-14)わたしの考えでは,これは他の人の証に永遠に頼る人がいるという意味ではありません。
わたし自身の証は,天の御父と救い主について学ぶことによって育まれました。両親や教師,熱心に読んだ聖文の教えと証から学び,特に聖霊から学んだのです。信仰を働かせて戒めを守ると,学んでいることは本当だと聖霊が証してくださいました。わたしは,このようにして自分で知るようになりました。
この過程では,個人の啓示を求めることが鍵となります。ニーファイは,「キリストの言葉をよく味わうように」わたしたち一人一人に勧めています。「見よ,キリストの言葉はあなたがたがなすべきことをすべて告げるからである。」(2ニーファイ32:3)
