エテル6:3 キリスト―闇の中に輝く光 | 「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

エテル6:3

このように主は、暗闇の中で石が輝くようにして、男や女、子供たちが暗闇の状態で大海を渡らなくてもよいように、彼らに光を与えられた。

 

「キリスト―闇の中に輝く光」2019年4月、シャロン・ユーバンク、中央扶助協会会長会

何年か前,わたしは,答えを見つけることができない疑問に対して心に重荷を感じ,いらいらしていました。ある土曜日の早朝に,わたしはちょっとした夢を見ました。その夢の中で見晴らし小屋が見えて,行ってその中に入るべきだと思いました。それは5つのアーチで囲まれていましたが,窓は石でできていました。そこは非常に狭苦しかったので中に入りたくないと思い,夢の中で不平を漏らしました。そうしていると,ヤレドの兄弟は忍耐強く石を溶かして透明なガラスを作ったという思いがわたしの心に浮かびました。ガラスは状態の変化を経た石です。主がヤレドの兄弟の石に触れたとき,暗い船の中で光輝きました。エテル6:3参照)突然,ほかのどの場所よりもその見晴らし小屋の中に入りたいという思いに満たされました。その場所はまさに,わたしが真に「見る」ことのできるたった一つの場所だったのです。目を覚ますと,わたしを悩ませていた疑問は解けませんでしたが,よりはっきりと次の疑問が心に思い浮かびました。「ヤレドの兄弟のように石を光に変えられるよう,信仰を強めるために何を行えばよいだろうか。」エテル4:7参照)

 

わたしたちの死すべき体の脳は,少しずつ理解し,少しずつ意味を知るように造られています。死すべき体を覆うベールがどうしてそれほど厚いのか,すべての理由は分かりません。永遠の進歩において,この世はすべての答えを受ける段階ではありません。わたしたちがまだ見ていない事実を確信する(または時には希望を持つ)ことを積み重ねる段階なのです。確信は簡単には分析できない方法でやって来ることもありますが,わたしたちの暗闇の中には光があります。イエスは言われました。「わたしは……光であり,命であり,世の真理である。」エテル4:12真理を探し求めている人にとって,最初は石で作られた愚かで閉塞感のある窓に思えるかもしれません。しかし,忍耐と信仰を持って問い続けるならば,イエスは石で作られた窓をガラスと光へと変えることができるのです。キリストは目を向けるべき光です