さて、わたしたちの記録によれば、そして、わたしたちはこの記録が真実であることを知っているが、見よ、それは記録を書き継いだのが正しい人であったからである――その人は、イエスの名によって実際に多くの奇跡を行った。そして、自分の罪悪からことごとく清められなければ、イエスの名によって奇跡を行える人はだれもいなかった。――
「わたしはあなたに一つの業を用意している」2017年10月、ジョン・C・ピングリー・ジュニア、七十人
神から受けた責任を果たせるよう神は助けてくださいますが,それと同時にサタンもわたしたちを価値ある人生から引き離そうとそそのかしてきます。
罪は,恐らく最大のつまずきの石となり,聖霊の導きを感じる力を鈍らせ,霊的な力にあずかる機会を狭めます。天の御父が自分のために用意しておられる業を成すには,清くなければなりません ( 3ニーファイ 8:1参照)。わたしたちは,神が自分を通して働くことができるような生活をしているでしょうか。
サタンはまた,あまり重要でない事柄にわたしたちをかかわらせようとします。教会初期の指導者に主は警告されました。「あなたの心は,……わたしにかかわる事柄や,あなたが召された務めよりも,世の事柄のうえにあった。」(教義と聖約30:2)わたしたちはこの世のことにかかわり過ぎて神から受けた責任から心がそれていないでしょうか。
それに加えて,サタンはわたしたちに自分の至らなさを痛感させて意欲を失わせようともします。取り組もうとしている業を難しく見せてひるませようとします。しかし,わたしたちは神に頼ることができます。お父様はわたしたちを愛しておられます。そして,わたしたちの成功を望んでおられます。神は「あなたに先立って行き,またあなたと共におり,あなたを見放さ〔れる〕」ことはありません(申命31:8。詩篇 32:8;箴言3:5-6;マタイ19:26; 教義と聖約78:18も参照)。
サタンはわたしたちの務めがほかの人の務めと比べると価値のないものだとうまく説得しようとするかもしれません。しかし,神から与えられた務めはどれも重要です。わたしたちは「主から命じられた事柄を誇る」ときに充実感を得ることができます(アルマ29:9)。
神がわたしたちを通して働かれるとき,成し遂げたことを自分の功績だと考えるようサタンは誘惑してきます。しかし,わたしたちは救い主に倣って自分への称賛に心を留めずに御父に栄光を帰することができます( マタイ 5:16;モーセ4:2参照)。レポーターがマザーテレサを貧しい人を救うことに生涯をささげた人として評価しようとすると,彼女はこう言いました。「これは〔神の〕業です。わたしは……神の手にある鉛筆のようなものです。神が考え,神がお書きになります。鉛筆は関係ありません。鉛筆は使われているにすぎないのです。
