さて、ニーファイの息子ニーファイは、自分の民のこの悪事を見て、心に非常な憂いを覚えた。
そこで彼は、出て行って地に伏し、自分の民のために、すなわち先祖の言い伝えを信じていることで殺されようとしている人々のために、熱烈に神に叫び求めた。
そして彼は、終日熱烈に主に叫び求めた。すると見よ、主の声が彼に聞こえて言われた。
「頭を上げて、元気を出しなさい。見よ、時は近い。今夜、しるしが示され、明日、わたしは世に来る。そしてわたしは、聖なる預言者たちの口を通して語ってきたすべてのことを成就することを、世の人々に示す。
「個人の啓示ー預言者たちの教えと模範」2007年10月、ロバート・D・ヘイルズ、十二使徒定員会
預言者が啓示を受ける方法は聖文の中で語られていますが,わたしたちが啓示を受ける方法もこれと同じです。アダムとエバは,主の御み名なを呼び求めて個人的な啓示を受けました。これには救い主に関する知識も含まれます。(モーセ5:4-11) エノクやアブラハム,モーセは,民の幸福を求めて祈りました。そして,高価な真珠に記録されている驚くべき啓示を与えられたのです。(創世18:23-33;33;出エジプト3:1-3;32:31-33;モーセ1:1-2,24;6:26-37;7:2-4;アブラハム1:1-2,15-19)エリヤへの個人の啓示は静かな細い声で与えられました。(列王上19:11-12参照)ダニエルの場合は夢で与えられました。(ダニエル2:16-20参照)ペテロは,個人の啓示によってイエスはキリストであられるという証を得ました。(マタイ16:15-17参照)リーハイとニーファイは救い主と救いの計画に関する啓示を受けました。実際,聖書とモルモン書に出てくるすべての預言者が啓示を受けたと言ってよいでしょう。啓示は預言者とその民に警告や教えを与え,彼らを力づけ,慰めてきました。(1ニーファイ2:16;11:1-2参照;その他の例としてモーサヤ3:1-4;アルマ43:23;ヒラマン7-8章;ヒラマン10:2-4;3ニーファイ1:10-13;モルモン8:34-35;エテル3:1-6,13-14,25も参照)神殿で長い間祈った末に,スペンサー・W・キンボール大管長は神権に関する啓示を受けました。(“Letter of the First Presidency Regarding Revelation on the Priesthood,”Tambuli,1978年7月号,31;「神権に関する啓示と教会役員の支持」『聖徒の道』1979年2月)そしてヒンクレー大管長は,もっと多くの教会員が神殿の祝福にあずかれるよう祈った結果,小規模神殿を建設することに関する啓示を受けました。(「神殿,改宗者の定着,伝道活動について」『聖徒の道』1998年1月)
預言者は,個人の啓示を受けることによって自分が生きるうえでの助けと,教会の地上における諸事を導く助けを得ています。わたしたちの務めは,自分自身のためと主から与えられた責任を果たすために,個人の啓示を祈り求めることです。
