しかし、レーマン人サムエルによって述べられた言葉の成就する時は過ぎ去ったと言い出す者たちが何人かいた。
彼らは同胞のことを喜び始めて、「見よ、時は過ぎ去り、サムエルの言葉は成就していない。だから、あなたがたがこのことを喜び、信じたのは、むなしいことだった」と言った。
そして彼らは、国中にひどい騒動を起こした。そこで、信じていた人々は、述べられていることが何らかの理由で起こらないようなことがありはしないかと、非常に悩み始めた。
「神が定めたもうた大計画」(英文)1984年4月、ニール・A・マックスウェル、十二使徒定員会
過去の苦難の時代が私たちに導きを与えてくれます。古代においてイエスの来臨が間近に迫ったとき、たくさんのしるしがありました。「疑い」(3ニーファイ8:4)を抱く者もまだいました。しかし忠実な者たちは勝ち、その正しさが立証されたのです。
当時、信じる人たちを公然とあざける者たちがいました。信じる人たちの信仰をあざけって「騒ぎ」を起こし、キリストに従う者たちの信仰が水泡に帰すだろうとほくそ笑んでさえいました。(3ニーファイ1:5-7参照)しかしそうはなりませんでした。信者たちは信仰を守り、信仰は信者たちを守ったのです。
しかし、現代にあって御霊との調和を得ている人々にとって、安寧の基は、かのエリシャの召使の若者と同じところにあります。敵の大軍に囲まれているのを見た若者は、いみじくも予言者であり聖見者であるエリシャに導きを求めました。答えはこうでした。「恐れることはない。われわれと共にいる者は彼らと共にいる者よりも多いのだから。」(列王下6:16)しかしこの若者の目にはどうしても予言者の言うようには見えませんでした。そこで予言者が彼のために祈ると、目が開けて、「火の馬と火の戦車が山に満ちて」(列王下6:17)いるのが見えました。
これからも、昔同様主の誓約を守る人々には、次の主の約束がこだましてくるからです。
「そして彼らはわたしの民となり、わたしは彼らの神となる。
わたしは彼らに一つの心と一つの道を与えて、常にわたしを恐れさせる。
これは彼らが彼ら自身とその後の子孫の幸を得るためである。
わたしは彼らと永遠の契約を立てて、彼らを見捨てずに恵みを施すことを誓い……」(エレミヤ32:38-40)
