ヒラマン16:14 主イエス・キリストへの信仰を見いだす | 「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

「わたしに従ってきなさい」の聖句学習

末日聖徒イエス・キリスト教会が提供する「わたしに従ってきなさい」の聖句を学ぶために、ここではその聖句を引用している現代の預言者のお話を中心に、主に総大会からご紹介します。

今週の「わたしに従ってきなさい」

 

 

ヒラマン16:14

また、天使たちが人々、すなわち賢い人々に現れ、胸躍る大いなる喜びのおとずれを彼らに告げ知らせた。このように、聖文に記されていることがこの年に成就し始めた。

 

「主イエス・キリストへの信仰を見いだす」2004年10月、ロバート・D・ヘイルズ、十二使徒定員会

わたしたちが昔の預言者の時代に生きていたとしたら,その言葉を信じたでしょうか。救い主がお生まれになることを信じることができたでしょうか。

 

古代アメリカではレーマン人サムエルが,救い主がお生まれになる夜は「天に大いなる光があるために,……人にはまるで昼のように思われる」ヒラマン14:3と預言しました。

 

多くの人がサムエルの言葉を信じてニーファイのところへ行き,罪を告白し,悔い改めてバプテスマを受けました。「また,天使たちが〔彼らに〕現れ,胸躍る大いなる喜びのおとずれを……告げ知らせ」ヒラマン16:14ました。

 

しかし,ニーファイ人の大部分は「心をかたくなにし」ヒラマン16:15,当時見られた「しるしと不思議」を認めようとはしませんでした。これらのしるしが与えられたのは,「キリストが間もなく必ず来られることを民に知らせる」ヒラマン16:4ためでしたが,ニーファイ人たちはそれを心に留めず,「自分自身の……知恵に頼るようになって,こう言〔いまし〕た。『〔主を信じる者たちが〕うまく言い当てたことも幾らかある。しかし,……キリストのような者が来ることは道理に合わない。』」ヒラマン16:15-16,18

 

当時,反キリスト者と呼ばれた,神を信じない人の中には,救い主もその贖いも必要ないと人々に言い聞かせる者もいました。それは現代でも同じです。サムエルの預言がついに成就して「二昼一夜がまるで一日のようであ〔る〕」日が訪れました。ヒラマン14:4預言者の言葉を信じた人々の心は,どんなに大きな喜びで満たされたことでしょう。「預言者の言葉のとおりに,すべてのことがことごとく成就した。そして,一つの新しい星もその言葉のとおりに現れた。」 3ニーファイ1:20-21

 

……

 

兄弟姉妹の皆さん,キリストが最初に降臨されたときの預言は「ことごとく」成就しました。その結果として,イエス・キリストが時の中間に来られた実在の人物だったと信じる人が世界中にたくさんいます。しかし,預言の中にはまだ成就していないものもたくさんあります。この大会で,生ける預言者たちがキリストの再臨について預言し,証します。ほかの大会でもそうです。現在身の回りで起こっているしるしと不思議についても彼らは証し,キリストは確かに再臨されると教えています。その言葉を信じるでしょうか。それとも,こうした証や警告に背を向けて,証拠が示されるのを待つでしょうか。「真昼に暗闇の中を歩いている」教義と聖約95:6のではありませんか。現代の預言に照らして見ることを拒み,世の光が再び来て統治なさることを否定してはいないでしょうか。

……

先日,親しい友人と心置きなく語り合っているとき,このように尋ねられました。「ヘイルズ長老,わたしは信じたいんです。いつもそう願ってきました。でも,そのためにはどうしたらいいのですか。」今朝は,この質問にお答えいたします。

 

使徒パウロはローマ人への手紙にこう書いています。「したがって,信仰は聞くことによるのであり,聞くことはキリストの言葉から来るのである。」ローマ10:17皆さんがこの大会で行われていることを見たり聞いたり読んだりすること自体が,神の御言葉を聞くということです。主イエス・キリストへの信仰を見いだすための第一歩は,主の僕である預言者の口から語られる主の御言葉を心に留めることです。しかし,心に留めるだけでは不十分です。それだけでは何も変わりません。わたしたちにできることを行わなければならないのです。救い主御自身が言われたように,「耳のある者は聞」マタイ11:15かなければなりません。言い換えれば,聞くためには能動的な努力が必要だということです。「行いのない信仰〔は〕死んだものなのである。」ヤコブの手紙2:26つまり,教えを真剣に受け止めてよく考え,心の中で思い計らなければなりません。預言者エノスが経験したように,人から聞いた福音の証を「〔わたしたちの〕心に深くしみ込〔ませる〕」エノス1:3のです。エノスが信仰を築いていった経験には,深い意味があります。その過程から,幾つかの要素を見ていきましょう。

 

まず,エノスは福音の真理を父親から聞きました。皆さんが家庭や今大会で聞いているのと同じです。次に,「永遠の命と聖徒たちの喜び」エノス1:3に関する父親の教えを心に深くしみ込ませました。第3に,その教えが真実かどうか,自分が造り主の御前に義とされるかどうかを自分自身で知りたいと思い,その願いを胸に満たしました。エノスは,「わたしの霊は飢えを感じた」エノス1:4と言っています。エノスはこのように霊的な飢えを強く感じたため,救い主の次の約束を受けるにふさわしい者となりました。「義に飢え渇いている人々は皆,幸いである。彼らは聖霊に満たされるからである。」3ニーファイ12:6第4に,エノスは神の戒めに従いました。そのことによって,聖霊の導きを受けやすくなりました。第5に,エノスは記録によると,「造り主の前にひざまずき,自分自身のために熱烈な祈りと懇願をもって造り主に叫び求め……,一日中造り主に叫び求め……,また夜になっても,声が天に届くように,まだ大きな声を上げて」いました。エノス1:4簡単なことではありませんでした。すぐに信仰が得られたわけではありません。その証拠に,エノスはこの祈りの経験を「神の前で味わった苦闘」エノス1:2と表現しています。しかし,ついに信仰は得られました。聖霊の力によって,自分自身の証を得たのです。

 

祈る際にこのような苦闘をしないかぎり,エノスのような信仰を見いだすことはできません。苦闘する価値があると証します。その順番を覚えてください。(1)主の僕が語った神の御言葉を読んだり聞いたりする。(2)その御言葉を心に深くしみ込ませる。(3)心から義に飢え渇く。(4)福音の律法と儀式,聖約に従順に従う。(5)イエス・キリストが救い主であられることが分かるよう,信仰をもって,声を上げて熱烈に祈り,懇願する。これらのことを真剣にたゆまず行うとき,キリストが弟子たちに語られた次の御言葉が成就することを約束します。「求めよ,そうすれば,与えられるであろう。捜せ,そうすれば,見いだすであろう。門をたたけ,そうすれば,あけてもらえるであろう。マタイ7:7

 

 

 

 

聖句とそれを引用した預言者たちの言葉2024年版(BOX)