まことに、自ら進んで心からへりくだり、罪を悔い改め、最後まで堪え忍ぶ人は祝福を受ける。まことにこのような人は、非常に貧しいためにやむを得ずへりくだっている人々よりも、なおさら祝福を受ける。
したがって、やむを得ずへりくだるのではなく、自らへりくだる人々は幸いである。いや、心をかたくなにすることなく、また御言葉を知るように仕向けられたり、知るように強いられたりして初めて信じるというのではなく、進んで神の御言葉を信じ、バプテスマを受ける人は幸いである。
「あなたは謙遜でありなさい」2016年4月、スティーブン・E・スノー、七十人
しかし,その「謙遜の谷」を通る前にへりくだることができたらどうでしょうか。アルマはこう教えています。
「やむを得ずへりくだるのではなく,自らへりくだる人々は幸いである。」
「まことにこのような人は,……やむを得ずへりくだっている人々よりも,なおさら祝福を受ける。」(アルマ32:15-16)
謙遜という偉大な特質の大切さを教えてくれる,アルマのような預言者たちに感謝しています。教会の第12代大管長のスペンサー・W・キンボール大管長はこう述べています。「謙遜さを身につけるにはどうすればよいでしょうか。わたしが思うに,謙遜になるためには,自分が他に頼って生きているということを心に留める必要があります。では,誰に頼っているのでしょうか。主に頼っているのです。そのことを心に留めておくにはどうすればよいでしょうか。それには,心を込めて,常に怠ることなく,礼拝の精神と感謝の気持ちをもって祈ることです。」(The Teachings of Spencer W. Kimball,エドワード・L・キンボール編(1982年),233)
