そして、人々の中で多くの労苦を重ねた末、彼らは貧しい階層の人々の中で成功を収め始めた。見よ、これらの人々は、衣服が粗末であるために会堂から追い出されていたからである。
これらの人々は衣服が粗末なため汚れた者と見なされ、会堂に入って神を礼拝することを許されていなかった。彼らは貧しく、同胞からかすのように見なされていたので、この世のものに関して貧しく、心が謙遜であった。
「わたしたちは皆,物乞いではないだろうか」2014年10月、ジェフリー・R・ホランド、十二使徒定員会
貧しい人のために憐れみ深い行いをするだけでなく,彼らのために祈る必要もあります。ゾーラム人の中で同胞から,聖文からの言葉で言えば「汚れ」や「かす」のように見なされていた人々は,「衣服が粗末であるために」会堂から追い出されていました。モルモンは彼らを「この世のものに関して貧しく,心が謙遜であった」と述べています。(アルマ32:2-3)この二つはたいてい共存します。宣教師の同僚であるアルマとアミュレクは,粗末な衣服のために拒絶された人たちに,たとえどのような特権を奪われようと,畑でも,家でも,家族といるときも,心の中でも,いつも祈ることができると教えました。(アルマ34:17-27参照)
しかし,それからアミュレクは,まさに同胞から追い払われていた人々に言いました。「これらのことを〔祈っても〕,〔あなたがたが〕乏しい人や着る物のない人を追い払ったり,病気の人や苦しんでいる人を見舞わなかったり,自分には持ち物がありながら ,それを必要としている人々に分け与えなかったりするならば,あなたがたに言うが……あなたがたの祈りはむなしく,何の役にも立たない。あなたがたは信仰を否定する偽善者と同じである。」(アルマ34:28)これは,貧富の別なく,乏しい人に対して「できる限りのこと」をする必要があることを思い出させるすばらしい教えです。
