さて、コリホルの死後、アルマは、ゾーラム人が主の道を曲げており、また彼らの指導者であるゾーラムが人々の心を迷わせて、物の言えない偶像を拝ませているという知らせを受けたので、その民の罪悪のために再び心を痛めた。
自分たちをゾーラム人と呼ぶ一派がニーファイ人から分かれて(アルマ30:59参照),レーマン人の地との境に集まっていました。(アルマ31:3参照)ニーファイ人は,かつてない規模の戦いでレーマン人を打ち負かしたばかりで非常に大勢の人が殺されていたため(アルマ28:2参照),「ゾーラム人がレーマン人と行き来し,そのためにニーファイ人の側に大きな損害が出るのではないかとひどく恐れ〔ていまし〕た。」(アルマ31:4、アルマとその民は,アムリサイ人とレーマン人の間にそのような「行き来」があったために大きな悲劇が起こり,多くの人命を失うという経験を過去にしていることに注目してください (アルマ2:21-38;3:1-3参照))アルマにとって戦争よりも心配だったのは,ゾーラム人が「以前に御言葉を聞いていた」(アルマ31:8)にもかかわらず偶像礼拝に陥って「主の道を曲げて」いることが分かったことでした(アルマ31:1)。これらすべてのことがアルマに重くのしかかり,「深い嘆きの種」(アルマ31:2)となっていました。
このような複雑で難しい状況の中で,アルマはどうすべきか深く考えました。こうしてアルマが下した決断は,現代の複雑で難しい状況の中を生きるわたしたちを鼓舞し,教えるために記録されています。(モルモン8:34-35参照)
「ところで,御言葉を説き教えることは民に正しいことを行わせるのに大きな効果があり,まことにそれは,剣やそのほか,これまで民に起こったどのようなことよりも民の心に力強い影響を及ぼしたので,アルマはこの度も神の言葉の力を使うのが望ましいと思った。」(アルマ31:5)
多くの解決策がある中で,アルマの信仰により,アルマとその民は,御言葉の力に頼ることにしたのです。聖文の中で最も力強い教えの幾つかが,この決断の直後に語られたのは偶然ではありません。アルマ書32章と33章には,主イエス・キリストを信じる信仰についての卓越した説教が載っていますし,34章では,イエス・キリストの贖罪に関する非常に影響力の大きい教えをアミュレクが語っています。
